「味噌舐め星人の食指」


 湯で上がった麺を、お湯とともにプラスチック製のざるにぶちまけると、湯切りの為に十回ほど振るう。しっかりと湯が切れたのを確認して、銀色の調理台の上に上げると、固まらないうちに皿に取り分けた。とりあえず、味噌舐め星人がどれほど食べるか分からないので、彼女の量は少なめに。パスタの配分を終え、蓋を持ち上げて隣のトマトソースの塩梅を見ると、これも良い塩梅に煮立っていた。熱されて酸味をすべて甘味が完全に覆い隠してしまったトマトソースは、匂いまで仄かに甘く、味見をすれば魚介類の旨味とニンニクの刺激で、思わず二度目の味見に及んでしまいそうになった。手際が悪かったにしては、これは上等な出来ではないだろうか。表面が乾いて少しくすんだ色になったパスタの上に、真っ赤なソースをかけ、皿をひたひたになるまで満たすと、俺は両手に皿を持ってちゃぶ台の前に向かった。
 真っ赤っ赤ですね。こんなに赤いと、なんだかとっても辛そうな感じがします。早速フォークを手に持って、トマトソースのパスタを前に臨戦態勢を取る味噌舐め星人。辛くなんかないよと、むしろ甘いくらいだ、いいから食べてみろ。怯えた様子の彼女に言うと、俺は銀色のフォークを目の前の赤い食べ物の中へと突っ込み、麺を巻きつけ口へと運んだ。味噌舐め星人に言ったことは嘘ではなく、パスタはとても甘く、そしてとても旨かった。ソースを味見した時点で、そんなことは分かりきっていた事だが、これが麺と絡めば、味がより落ち着いた感じになって、幾らでも腹の中に入りそうな具合になった。こんな旨いものを味噌がかかっていないというだけで食べられないのなら、なんと可愛そうな事だろうか。テーブルへ持ってくる際に、彼女の皿のパスタに味噌をかけてやろうかとも思ったが、とりあえずはそのまま食べてもらおうと、そのままのパスタを持ってきた。味噌をかけるには忍びなかったとか、もしそれで味噌舐め星人が食べられなかったら、とても味噌のかかったパスタなど食べれないと思ったからではない。ただただ俺は食わず嫌いの激しい彼女に、素のパスタの美味しさというのを、暖かいトマトの美味しさというのを、知ってもらいたかったのだ。そう、断じて他意はない。
 見よう見まねにフォークを手にすると、味噌舐め星人はパスタにそれを差し込んだ。巻きつけることなく、まずは麺を引き上げる。十分に絡められていない細いパスタは、フォークの歯の隙間を滑り落ち、皿の上に落ちるとしぶきをあげた。ひゃぁっ、お、お兄さん、これ、なんか飛びましたよ、赤い汁が飛びましたよ。そりゃまぁ、そんな食い方をすればソースが飛ぶのは当たり前だろう。もっと、ちゃんと、フォークで絡めろと指示すると、味噌舐め星人は随分と嫌そうな顔をすると、またフォークを麺の中に立てるようにして突き入れる。一回、二回、三回と、フォークを回す。しっかりと巻きついた麺は今度は抜けず、味噌舐め星人の口までまとまった状態で運ばれた。
 どうだ、美味しいか。食うのを止めて、俺は味噌舐め星人に料理の感想を聞いた。口にするまでは、嫌そうな顔をしていた彼女だったが、いざ咀嚼しはじめると、案外に平気そうな顔に代わり、やがてそれは笑顔になった。美味しいです、美味しいです、けど、味噌を入れたらもっと美味しそうです。