「味噌舐め星人の採用」


 人手が足りてないのは本当なんだからさ、猫の手でも借りたいのは君も同じだろう。いいじゃない、妹さんなんだから、君だって気兼ねなく好きなように使えるじゃない。別に彼女に仕事が出来るなんて期待してやしないさ。ちょっとしたお手伝いに彼女が居た方が便利なんじゃないかな。それに、ほら、クリスマスと盆を君のアパートで一人過ごさせるのも、それはそれで可哀想じゃない。そう思うなら、普段も夜の六時七時で帰らせてくれよ。深夜だとバイトの子が渋るからって、重点的に俺に仕事を割り振りやがる癖に。
 俺が幾ら言っても、店長は味噌舐め星人を雇うという決断を覆すつもりは無いらしかった。一度言い出すと意固地な所のある奴だが、ここまで頑固とは。もう良いよ勝手にしてくれ、俺は止めたからな、どうなっても、後悔しても知らんからな。俺はそんな捨て台詞を声を大にして吐くと、電話を切った。えへんぷいとばかり、俺の前で胸を張っている味噌舐め星人に、デコピンを食らわす。痛いです、痛いです、何するんですか、何で痛いことするんですか。私、悪いこと何もしてませんよ、お兄さん、最低です、何もしてないのにおでこをビシビシするのは最低です。お得意の最低です攻撃で俺を責める彼女に背を向けると、夕焼けに朱色に染まったアスファルトに俺は重い溜め息を吐いた。ただでさえ客の相手で忙しいというのに、それと平行としてこいつの相手もしなくちゃならんとは、師が走っただけではとても足りない、門下百人に総出で走らねば、この年の瀬は乗り切れないことだろう。
 お前、本気でバイトするつもりなのか。良いのか、普通に深夜バイトとかでしんどいぞ、俺のやってる仕事は。大丈夫ですよ、私、これでも元気には取り柄があるんです。どんな時でも、無駄に元気な奴ねって。昔、お姉さんと一緒に暮らしてたとき、言われたことがあるんですよ。だから、元気元気にお仕事頑張って、いっぱいいっぱいお味噌を買うのです。なるほど、確かに醤油呑み星人の人物評は正しいだろう。いつでも、この妖怪味噌舐め女は無駄に元気だし、落ち込むなんて言葉を知らないのかという程に、不必要にポジティブな奴だった。というか、周りにネガティブな側面をなすりつけるのが得意というか、酷いです酷いですで、全部人のせいにしてしまうというか。まぁ、方法はともあれ、彼女は確かに、元気ではあった。しかしながら元気であれば仕事が勤まるかといえば、まぁ、それに越したことはないのだけれども。どちらかといえば体力があるとか、整理能力があるとか、そういう側面の方が大切なわけで。元気一杯に棚のカップラーメンの整理を毎日されてもなと、俺は先ほどの電話先に居た人物の、間の抜けた顔を思い出してまた浅くはない溜め息を吐いた。やはり、彼女が働く姿というのを想像できない。ずっと、レジの中の味噌の小パックをつまみ食いしていそうだ。
 もっと良いバイトがあるって。居酒屋つぶれかけとかさ、徳利さんに紹介してもらって一緒に働いたら。嫌なのです、お兄さんの会社が良いのです。断固として譲らないという強い意志を瞳に込めて、味噌舐め星人は俺を睨みつけた。なんでよりにもよって、俺の会社に拘るんだよ。やれやれ、勘弁してくれよ。もうこれ以上は、何を言おうとしても、溜め息しかでなかった。