「味噌舐め星人の一気」


 先ほどチューブ味噌を持っていた手にはキャップ。味噌舐め星人が咥えているのは、袋の腹を押せば水っぽい八丁味噌がの注ぎ口。中身がアイスやゼリーなら吸い取り口に当たる部分だった。まさか、等と悠長な言葉は出てこず、止めろという静止の言葉が迷わず飛び出す。だって、俺の知っている味噌舐め星人ならば、その袋くらいの味噌を一息に吸い尽くすなんて、わけないのだから。最早口をつけてしまった時点で何もかも手遅れ、お買い上げは免れない運命にあったが、それでも、どうせ買うなら俺だって少しは食べたい。激情に任せて彼女が味噌を吸い付くす前に、その口から袋を引き離そうと俺は手を伸ばした。だが、ひょいとそっぽをむいてそれを回避される。
 バキューム音がスーパーのレジ前に響き渡る。うどんや蕎麦を食べた所でこんな強烈で惨めな吸引音はそう出せないだろう。それはもう、道行く人達は皆足を止めて、レジのおばちゃんと客は手を止めて、味噌舐め星人の凶行に視線を注ぐ。そんな視線に少しも気後れすることもなく、少しも戸惑いを見せることもなく、味噌舐め星人はチューブの味噌を全部吸いきると、深く息を吐いて満足そうに微笑んだ。はぁ、やっぱり、私の目に狂いはありませんでした、このお味噌はとてもとーっても美味しかったです。大満足です。
 味噌舐め星人の強行手段によって、結局、俺はチューブ味噌の代金を払うことになった。こんな事なら変にゴネずに、彼女の言う通りにすればよかった。そうしておけば、少しくらいは彼女が美味しいという味噌にありつけたろうし、彼女に吸いきられたチューブ味噌の代金を、こうして大勢の人に見守られながら払う羽目にもならなかったろうに。さぁさぁ、お兄さん、早く帰りましょうよ、早くしないと夜のテレビが始まっちゃいますよ。人の気もしれず、元気よく両手を振り上げながら、味噌舐め星人は大声で叫んだ。そんなに早く帰りたいなら、俺がこうしている間にも荷物をレジ袋に詰めたらどうなんだ。まったくこれだから、ニート気質のお嬢様は困るよ、とほほ。
 レジ前から遠ざかり、スーパーの正面玄関から外に出て、自転車置き場を通り過ぎて、国道に出て一目が少なくなったのを確認すると、俺は味噌舐め星人の頭を軽く殴りつけた。いたいっ、なにするんですか、お兄さん、なにするんですか。五月蝿い、この馬鹿、なんであんな子供みたいな事をしてくれたんだ、おかげで周りの人に好奇の目で見られて、こちとらえらい迷惑したんだぞ。見境がなくなるほどお前が味噌好きなのはわかるが、もう少し自制しろ。いや、自制してくれ頼むから。世の中にはやっちゃいけない事ってのがあるんだよ。分かるか。不条理と屈辱感に、喉元で渦巻いていた怒りに任せ、俺は味噌舐め星人を怒鳴りつけた。涙を端に浮かべながら、分かりませんという顔をする味噌舐め星人。しかしながら、根っこではやはり悪いと思っているのか、彼女は少しだけ申し訳なさそうな感じを出して沈黙した。
 いいか、今度あんなことしたら、二度とここには連れ来ないからな。そ、そんな酷いです、お兄さんが買ってくれないからなのに、連れていってくれないなんてあんまりです。あんまりじゃない、と、俺は味噌舐め星人を睨みつける。スーパーへの同行禁止は、驚くほどに味噌舐め星人は狼狽えた。