「味噌舐め星人の駄々」


 残念だったな、もうレジは済ました所だ、諦めてそれを棚に戻してこい。疲労困憊に顔を歪めて俯き、ともすれば泣いているように見えなくもない味噌舐め星人に、俺はそんな冷酷極まりないサディスティックな言葉を放つ。長いこと一緒に暮らしていれば、彼女の反応も予想がつく。案の定、彼女は眉を釣り上げると、拳を振り上げ酷いです酷いですと叫びながら、俺に突っかかって来たのだった。酷くない酷くない、なんにも酷くない。ここ最近というもの、お前のおかげでおれがどんな思いで味噌料理を食べてきたと思っているのか。そんな、お前に与えれば一週間と立たずに食べ尽くしてしまいそうな物、誰が買ってやるか。お前の我侭にそうそう付き合ってられるか。
 お願いしてるのに買ってくれないなんてあんまりです、意地悪です。私は味噌しか食べられないのに、お味噌が栄養源なのに。私に死ねって言うんですか、私が死んじゃっても良いんですか。お兄さんは薄情者です、お兄さんてば鬼畜です。良いじゃないですか、買ってくださいよ。ねぇ、買ってください、買って、買って、買って、買って、買って、買ってくださいよぉ。お前は子供かよと、胸を叩く味噌舐め星人の頭頂部へとチョップを落とす。痛い、と叫ぶや彼女はぴたりと手を止めて頭を抑える。じんわりと目の端に涙を浮かべたと思うと、次の瞬間にはえんえん、あんあんと、泣き出す始末。これはもう完璧に子供だ。あぁもう、付き合いきれんと、ため息を吐いた。
 なんでなんで買ってくれないんですか、お兄さんのケチ、お兄さんの甲斐性なし。どうしてこのお味噌を買っちゃいけないんですか。理由を述べてください、百文字以内で。やれやれ、難しい注文をしてくれるな、この子は。お前が味噌しか食えない、という建前で生きているのは知っているが、味噌ならもう別のを買ってあるだろう。お前が食べる味噌はそれで事足りる。それが理由だ。余計なものを買うような余裕は家にはないんだよ。どっかの大飯食らいならぬ大味噌食らいが、馬鹿みたいに食べて家計を圧迫してくれるからな。久しぶりに少しサディスティックな気分になった俺は、威圧感と本の少しばかりの皮肉をエッセンスに加え、泣き叫ぶ彼女を怒鳴りつける。すると、尻もちをつくや激しく手を振り足を振り、彼女は実に見事に典型的な駄々をこね始めたのだった。だから、お前は子供かってえの。欲しいものを買ってもらえないくらいで力一杯暴れるなよ。あぁもう、面倒くさい。
 平日昼間で人気の少ないスーパーだったが、流石に大声を上げて人が暴れれば少なからず野次馬は集まってくる。味噌舐め星人の我侭を無視することは簡単だが、こいつらの視線を無視するのは骨が折れる。味噌一つで事態が収束するなら安い物かもしれない。が、ここまで来たらこっちも意地だ、絶対に買ってやるものか。と、なれば、とにかくすぐにでも味噌舐め星人を連れてこの場から離れなくては。俺は床の上を転がる彼女の肩を掴むと、軽く引き上げる。ほら、みっともないからとっととそれ置いて、荷物詰めて家に帰るぞと、強く言い聞かせると、俺は彼女の手からチューブ味噌を奪った。
 と、思ったのだが。俺の手は虚しく空を掴んでいた。消えた、どこだと一拍置いた間に、味噌舐め星人は消えたチューブ味噌を、口に咥えていた。