「味噌舐め星人の隠密」


 問答無用でチューブ味噌を棚に戻す。パック味噌があるから良いだろう、こいつは我慢しろというと、味噌舐め星人は買ってくださいお願いしますと目を輝かせて俺を見た。誠意を込めたおねだり、人への物の頼み方。確かに人に物を頼むときには、頼み方があるだろう、とは言ったが。なんでもちゃんと頼んだら買ってやるって訳じゃないんだぞ。そこん所をまた見事に勘違いして、俺に潤んだ眼差しを向ける味噌舐め星人から、苦々しく俺は顔を背けた。買わない、絶対に買わないからな。だいたい、その味噌買った所で使う機会無いじゃないか。焼きなすにかけるにしても、味噌カツにかけるにしても、パック味噌に調味料加えて作れば、それで充分事足りるじゃないか。
 まともに味噌舐め星人の相手をしては駄目だね。俺は彼女を、軽く無視してスープコーナーを出る。追いすがるように俺の肘に抱きついた味噌舐め星人を振りほどいて、そういえばパスタを作るならソースがいるなと、隣の缶詰のコーナーへと入った。スパムやオイルサーディンとパインなどの缶の境目、オリーブのパック詰めと隣り合ってポールトマトの缶が置いてあった。それを見てしまうと、急にトマトソースのパスタが食べたくなって、イカやホタテなんかのシーフードとポールトマトを白ワインで煮込んだ、そんなトマトソースのスパゲティが食べたくなって、ついつい缶に手が伸びた。値段はお手頃。少し量は多いがミートソースほどではないにしても、トマトソースも料理の幅が効く。ご飯にかければ簡易なリゾットにもなるし、チーズをまぶしてオーブンで焼けばドリアにもなるのだ。買ってみるか、いや、買おう。俺はポールトマトの缶詰を左手に持っていた籠の中に放り込んだ。
 そして、中に先ほどのチューブ味噌が入っているのに気がついた。なんでまたこれが入っているんだ。さてはも何も味噌舐め星人が入れたに違いないが、近くに彼女の姿は見当たらない。よく注意して辺りを見回せば、棚の影に、半分だけ顔を出してこちらの様子を伺う、特殊部隊の兵隊が居た。人の買い物籠にこっそりと近づいてチューブ味噌を放り込むなんて、なかなかどうして出来るじゃないか。見事なステルス戦術と、俺に怒られることを承知でこんな事をしでかした胆力に免じ、このチューブ味噌を買ってやろう、なんて言うと思ったら大間違いだぞこの野郎。俺はチューブ味噌を握りしめると、味噌舐め星人に背中を向けてスープコーナーへ一目散に走った。そしてチューブ味噌を喪とあった棚に戻し、冷凍食品コーナーでシーフードミックスの袋を掴み取り、生鮮コーナーでにんにくとたまねぎ、ついでににんじんとジャガイモを籠に放り込むと、一番空いているレジに滑り込んだ。
 いらっしゃいませと悠長な動作で挨拶をすると、巻き毛が鬱陶しい感じのおばちゃんは籠の商品をレジにかけ始めた。随分と丁寧に商品のバーコードを読み取ってくれるので、いつ味噌舐め星人がチューブ味噌を持って追いかけてくるかと心配だったが、幸い、彼女は律儀に俺が通ったコースを通ってきてくれたので、姿を確認する頃には既に支払いを済ませた後だった。
 息をきらしてレジの前へと駆け込むと、もう駄目とばかりに膝を居る味噌舐め星人。その手には黒茶色したチューブ味噌が、強く握りこまれていた。