「味噌舐め星人の修業」


 だってだって、それは仕方ないのです。お姉さんに教えてもらった料理だけじゃ、駄目なのです。駄目だって、みーちゃんが言ったのです。もっと、たくさん、いっぱい、色んな料理を作れないと、お嫁さんにはいけないのです、って、みーちゃんが言ったのです。だからだから、お兄さんみたいに、ホイコーリョーとか味噌の鯖煮とか、作れるようにならなくちゃなのです。
 なるほど、ミリンちゃんが全ての元凶か、自分はみそ汁だって作れないくせに、何を偉そうな事を言うのか。とりあえず、料理の名前を覚える所から始めようか。なんだよホイコーリョーって、人の名前か。味噌の鯖煮って、鯖と味噌の比率があきらかおかしいことになった絵面しか思いつかないぞ。
 お嫁さんになりたいのは結構だが、まぁ、そんな勇み足でなんでもやろうと思うもんじゃない。ゆっくりとやっていけばいいのさ。俺は横に寝転ぶ味噌舐め星人の頭に手を置くと、子供をあやすようにその頭を優しく撫でた。けどけどお兄さん、白いお姉さんはどこかに行ってしまいました。なのに、どうやって料理のお勉強すれば良いんですか。誰がお料理教えてくれるんですか。それは、そうだなぁと、俺はテレビを見る。上沼恵美子のクッキング番組が始まるには、まだ時間がある。他に料理番組というと、午前中にいくつかやっているのは知っているが、それを見ろと言った所で、機械音痴の工学科学生たる味噌舐め星人に、はたして見ることができるのだろうか。だいたい彼女が作れるようになりたいのは、普通の料理ではなく、味噌料理だ。
 それじゃぁ、また今度本屋で料理の本を買ってきてやるよ。塩吹きババアに鍛えられて基本は出来ているんだ、本を見て練習すればレパートリーは自然と増えるだろう。それでいいか。本当ですか、味噌お料理の本買ってくれますか。ありがとうございます、ありがとうございます。これでお兄さんの為においしい味噌料理を作ってあげれます。よかったですね、よかったですね。別に俺はお前ほど味噌料理に執着もないし、むしろできることなら普通の料理を食べたいのだけれども、俺の為にと言ってくれるのは、嬉しくない事もない。ありがとうよと例を言うと、更に俺は彼女の頭を掻きむしった。
 さて、そうと決まれば、午後から何をしようか決まったようなものだ。最近ごたごたとしていて行く暇がなかったが、久しぶりに本屋にでも行ってみるとしよう。好きな作家の漫画も小説も、随分と買い足していない。もっとも、一番好きな佐東匡の小説が本屋の店頭に並ぶことはないのだけれども、なにも彼だけが俺の人生の友という訳でもない。あらゐけいいちの漫画だって読みたかったし、鈴木輝一郎の小説だって好きだった。村上春樹だって、ちょっと時間があれば読んだりもする。1Q84だってちょっと読みたい。
 ただまぁ読む時間が幾ら取れるかというのが重要な訳で。やはり、この師走の繁忙期に、重厚なハードカバーの小説を、何日もかけて咀嚼して人生の糧にするには、些か体力も精神的な余裕も足りない気がした。とりあえず、小説は後回しにして、気になる漫画でも買いにいこう。テレビ番組のゲストコーナーが終了し、隔週のイベントが始まった。レギュラーメンバーが賑やかに笑うのを眺めながら、俺は休日の午後の過ごし方を考えていた。