「味噌舐め星人の意匠」


 テレビで上沼恵美子が司会を勤める料理番組が始まった。残念ながら、今日のメニューは味噌とは微塵も関係なければ、そもそも和風ですらないトマトとチーズたっぷりのイタリア料理だった。そう言えばこの味噌娘が来てからというもの、パスタなんてろくすっぽに食べてないな。パステルカラーの塗装が施された鍋で、料理人がポールトマトを煮崩していくのを眺めていると、先ほど胃の中に食べ物を入れたばかりだというのに、腹が疼いて仕方なかった。夕飯はパスタにしよう。膝の上で退屈そうにあくびをしている、食わず嫌い帝王がなんと言おうとパスタを俺は食べるのだ。なに、ミートソースの代わりに、味噌ソースをぶっかけておけばきっと食べるだろう。ただ、おそらくパスタは家にはない。あったとしても久しく見ていないパスタを平気で食べれる程、俺の口は飢えてはいなかったし、胃も丈夫ではなかった。
 さて、それじゃぁ、そろそろ出かけるぞ。被っていた布団を脱ぎ捨てて、味噌舐め星人の脇を持って起き上がる。行くってどこに行くんですかと、不思議そうに呟いた味噌舐め星人に背を向けて、俺は壁にかけてあるジャケットを着込むと、枕元の携帯電話を上着のポケットに突っ込み、変りにタバコを取り出した。決まってるだろう、本を買いにいくんだから、本屋さ。ほれほれ、外で待ってるから早く着替えろ。さっさと支度しないと置いてくぞ。
 靴に足を通して鍵を回すと部屋の外に出る。いつものように柵にもたれかかると、手に取ったタバコのケースから一本を引き出して火をつけた。冬の乾燥した冷たい空気とヤニを適度にブレンドさせて、フィルターから肺の中一杯に吸い込む。吐いた息は寒さのせいか必要以上に白く見えた。寒い。体の芯まで凍っちまいそうだ。こう寒いと銭湯に行っても下手に湯冷めして意味がないな。なんてどうでも良い事を考えて、俺は味噌舐め星人を待った。
 お外は寒い寒いですね、みーちゃんにもらったこの服がなかったら、とても歩けませんよ、ぬくぬくです、ぬくぬく。黒い毛皮のコートを抱きしめるようにして味噌舐め星人は言う。浮かれていると車に引かれるぞと、まともに取り合いもせず俺は本屋へと急いだ。もう、お兄さん拗ねてるんですか、もしかしてみーちゃんにお洋服買ってもらえなくてすねてるんですか。五月蝿え、そんなことあるかと言ってはみたが、少なからずそういう部分も無い分けではなかった。まぁ、紆余屈折をへてなんとか仲直りも出来たことだ、その内に、時期が来れば、俺にも何かプレゼンとくらいしてくれるさと、なんの根拠も無いのに思うことで俺は自分を落ち着かせるのだった。
 俺が買ってやった黒いタートルネックに黒いデニムパンツと、俺が前にユニクロで買ってやったと服の上に、ミリンちゃんに買ってもらった黒いコートを着て、味噌舐め星人は部屋から出てきた。家族総出でプロデュースしたファッションでめかしこんだ味噌舐め星人を連れ、俺は駅前を少し過ぎた所にある行きつけのジャスコにやって来た。ここの専門店街には大型書店が出店しており、そこそこに本が揃っているのだ。行きがけに金も卸してきたことだし、今日はがっつり欲しいものを買うとしよう。初めて来る本屋に、辺りを見回す味噌舐め星人を引き連れ、まずは漫画コーナーへ俺は向かった。