「B太の決断」


 やりたいんだろ、とは、あえて言わなかった。代わりに、B太の瞳を俺は真っ直ぐに見つめた。俺の視線を首ごと逸らしたB太は、辛そうに顔を歪めて暗い地面を見た。そして、意を決したような表情で再び俺に顔を向けた。
 先輩、俺、やってみます。せっかくのチャンスっす、才能があるって言ってもらえるんなら、その才能がどれだけ世界に通用するのか、挑戦してみたいっす。そうか、と素っ気なく言葉を返す。冷たいと言われるかも知れないが、俺の機嫌を取りたくてやると言ったのでは意味が無い。やるやらないはあくまでB太の判断であり。俺は、迷う彼に客観的な指摘をしただけに過ぎないのだ。とまぁ、小難しい言葉を並べてはみたものの、結局は、上手くいかなかった時に俺がやれと言ったからだと、言われたくなかったのだ。卑怯と言ってもらって構わんよ。しかし、B太は俺の子供でもなければ弟でもないんだ。その人生に他人の俺が責任を持つ必要も、道理も、ありはしない。まぁわざわざ言わなくてもB太も大人だ、ちゃんと分かっているだろうが。
 どうするんだ。やっぱり、あの社長の元でやってくってことは、東京に行くってことだろう。バイトは止めるのか。体ごと振り返ると、そうなるっすね、と、少し寂しそうに表情を陰らせ、B太は答えた。B太が居なくなるとあの店もずいぶんと忙しくなる。せめて正月明けてからにしてくれないか、あの店を、俺と店長だけで回すのにはちょっと無理があるからさ。そこは都会に出て行くB太を心配するべきだろうに。余程店の事が心配なのか、反射的に俺の口はそんな言葉を吐いた。そんな、明日にでも行く訳じゃないんですから、それに都路さん達にも都合もあるでしょうし、そこら辺は調整します。と、苦笑いをB太は返す。申し訳ないね自分の心配ばかりでと俺が頭を掻くと、分かってるっすよ、とB太はいつもの愛想の良い顔を俺に向けた。
 そんかわり、先輩、聞かせてください。別に聞いて俺がどうこうするって訳じゃないっす。ただ、純粋に、聞いておきたいんです。先輩は、俺が、ギターで成功できると思いますか。そりゃもちろん思わんねと、即答した。どうせ二年か三年で辞めて、うちの店に帰ってくるのが関の山だろうよ。安心しろ、一応いつでも復帰できるようにしといてやるから。ただまぁ、四年や五も頑張られたら流石に分からん。あんまり粘りすぎるなよ。本気で言ってる訳じゃない、むしろ逆。それくらいの覚悟でやってこいよと発破をかけたのだ。五年路上ライブを続けて、それで今こうしてやっと人の目にとまったのだから、それくらいやらなくてどうする。そんな想いを皮肉の中に混ぜ込んで、俺はB太に送った。酷いっすね、と言いながら、それでも、B太は俺の言葉から察してくれたらしく、妙に神妙な顔をして俺の顔を見ていた。
 ほんと、口を開けば捻くれたことしか言えない俺には、もったいないくらい良い後輩だ。あぁ、もう、俺に音楽の事を聞くな。お前にギターを諦めさせようと思った矢先に、あの社長が声かけてきたんだ。俺の言うことなどあてにならんし、お前がギターで大成するかも分からんよ。なるようになるんじゃないんでしょうか。気恥ずかしさに負けて余計にもう一言を発すると、B太は笑う。ありがとうございますと言った彼の目尻は、少し光っていた。