「魔法少女風味ミリンちゃんは電話する」


 果たして泣かれる程の事を、俺はB太にしてやっただろうか。彼の頭の中で俺という存在がどうなっているのか、赤の他人である俺には理解できる分けがない。別れ際、B太が見せた涙に、俺は少なからず動揺していた。そんな風に他人から自分が思われているというのが、なんとなくむず痒くもあり恥ずかしくもあった。あるいは、彼は俺の心ない言葉に傷ついていたのかも知れない、単なる俺の勘違いかもしれない。けれども、何故だろうか、俺はB太が俺の心を汲んで泣いてくれたのだと思いたかった。頭の中は分からなくても、言葉に載せた思いくらいは伝えられる仲に、俺達はなれていたのだと、思いたいのだろう。やはり、B太は俺にとって、大切な仲間なのだ。
 闇に覆われて輪郭のおぼろげな暗い道を、ゆっくりとした足取りでアパートへと向かう。途上で携帯電話が鳴った。発信者はミリンちゃん。こんな夜遅い時間まで起きていて悪い子だ、少し注意してやろうかと着信ボタンを押すと、おはようございますなのです、と、眠たげなミリンちゃんの声が聞こえてきた。お兄ちゃん。さっきのお電話は一体何だったのですか。都路社長さんとなんでお兄ちゃんが一緒に居たのですか。というか、最初に出た人はいったい誰なのですか。答えてくださいなのです、いや、答えろ。深夜だってのに元気が良い事だ。少しセンチメンタルな気分に浸っていた俺には、彼女のテンションは少し耳障りだった。ミリンちゃん、こんな夜遅くまで起きてたら駄目だろう。育ち盛りなんだから、そこは、ちゃんと寝なくちゃ。すると可愛い俺の寝不足妹は、眠たそうな声で、違うのです、今日は早出でこれから収録なのです、むしろ今起きた所なのですと、少し怒った調子で弁明した。なるほど、お仕事の都合なら、仕方ないな。ただまぁ、ちゃんと仕事は選んで欲しいものだ。コンビニ勤務の俺が言うのも変な話だけれど。
 もう一度社長の身元の確認をするのも兼ねて、俺はミリンちゃんに事の経緯を説明した。ミリンちゃんはすべて聞き終えると、とりあえず、都路社長は本当に大手レコード会社の社長さんなのですと、太鼓判を押してくれた。話を聞けば、都路社長は昔から、自分でアーティストを発掘するような事をやっているらしい。彼に見出されて、売れっ子になった者も多く、B太についても、まず間違いなく売れるのではないのだろうかと、ミリンちゃんは俺に語った。 やはり、音楽は俺にはさっぱり分からないらしい。しかし、今はそんな事よりも、B太の前途が明るいらしいという事の方が嬉しかった。
 羨ましいのです、都路社長さんにプロデュースしてもらえるなんて。私もして欲しいのです。そしたら、少しは人気出て、お仕事だって選べるくらいに来るのです。まぁそう言うなよ、B太だって、お仕事選べる程ないどころか、ほとんど無視されてた人間なんだから。むぅ、となんとも腑に落ちないという返事をしたミリンちゃん。もちろん、お前も苦労してるけど。早く主演女優やれると良いなとフォローすると、一転嬉しそうにえへへと呟いた。
 とりあえず、お兄ちゃんのお知り合いなら、先輩としてちゃんとお世話してあげるのです。頼むから、それは止めてくれ。親心ならぬ兄心。B太の熱狂的なミリンちゃんファン振りを思い出し、俺はミリンちゃんに注意した。