「都路社長は案内する」


 大手レコード会社の社長に案内されたホテルは、駅前にポツンと佇む、八階建てのビジネスホテルだった。天下の大企業の社長が、こんな裏寂れたホテルに泊まっているなんて誰が思うだろうか。怪しんで、どうしてこんな所にと尋ねると、まぁ、元が貧乏性なもんでね、どうにも仰々しいホテルだと落ち着かんのよと、彼は笑って答えた。それに、一応仕事で来てる訳だし。なるほど確かにごもっともだ。少しだけ都路さんに親近感が沸いた。
 フロントで鍵を預かりがてら社長が事情を話す。本当は宿泊者以外をホテルに入れるのは駄目なんですけどと渋るボーイに、都路社長は財布から一万円札を取り出して握らせる。これで、一時間ちょっとで話は済むから。爽やかな笑顔でボーイを買収すると、都路社長と俺たちはフロント奥にあるエレベータへと向かった。上行きのボタンを押す。目指すは六階、601号室。
 エレベーターは最上階の八階に止まっている、降りてくるには少し時間がかかりそうだった。まだ部屋に入ってないけどね、ちょっと聞いちゃって良いかな。扉の前にたった都路社長は、振り向きもせずにB太に聞いた。返事がどうであっても続けるつもりなのだろう、その証拠に、間髪入れずに彼はB太に質問を浴びせた。あそこで活動して何年くらいになるの、えーっと。
 健太です、能美健太って言います。見られていやしないのに、嬉々とした表情でB太は都路社長に自分の本名を言った。ふぅん、健太くんね。分かったわ。それで、どうなの、何年くらいやってるのかしら。そうですね、大学行くのにこっち出て来てからずっとですから、かれこれ五年くらいやってることになりますね。五年ね、まぁ、頑張ってる方じゃない。その根気は認めてあげる。生活はどうしてるの、親に寄生してるの。いえ、親は俺が音楽やるの反対してるんで、生活費はアルバイトして自分で稼いでます。そう、親御さんの気持ちは分からないでもないわね、なにせ、あんな感じではね。それは感心とでも言うかと思えば、随分と酷い言いようである。失礼な人だなと思ったのは、断じて自分の名前を聞かれなかったからではない。
 まぁ、奇貨置くべしってね、誰からも相手にされないけど、誰からも罵倒されない貴方の歌には、何か使い道があるかもしれない。というわけで、私に任せておきなさい、少しくらいはいい目を見させてあげられるかもだわ。少しくらいはいい目か。トップアイドルやミュージシャンにしてやるとは言わないのな。なるほど上手い言い方だ。それでも、そうやって誘われてしまえばハイと色よい返事をしてしまうのが、孤独多く自意識過剰な今時の若者という奴か。B太は、都路社長の誘いに快くそして元気一杯に、はいと返答したのだった。エレベーターの扉が開き、俺たちはその中に乗り込んだ。
 六階に着くと、エレベータ手前の廊下を左に折れて、そのまま突き当たりまで歩く。通常の扉よりも大きく間隔を空けて配置された601号室の扉。もしかして大部屋だろうか。都路社長の案内で中に入ると、確かにそこは大部屋で、テレビ二つのベッドが二つ、ベッドの上には人が寝転がっていた。
 ふと、ベッドの人が俺たちがやって来た気配に気づき起き上がった。細いくびれに嫋やかな腕。それは、白桃のような肌をした、全裸の女性だった。