「都路宏太郎は招待する」


 いや、俺に携帯電話を渡されても困る。別に今、ミリンちゃんとたいして話たいとも思わないし、わざわざその社長の仲介がなくっても、話そうと思えばいつだってミリンちゃんとは話せるのだ。電話じゃなくて直接会うことだってできる。なにせ、俺とミリンちゃんは兄妹なのだから。それにここ最近は、何かとゴタゴタとしてお互い顔を会わせる機会は多かった。社長の素性を聞く他に、今更、改まって話すようなことなど、何もない。とまぁ、素直に本当の事を彼らに話して電話を断れるなら、どれだけ良かっただろう。一応、ミリンちゃんと俺が兄妹というのは、秘密にするということになっている。それでも、B太の興奮冷めやらぬ感じの目と、都路社長の自信に満ちた視線を浴びれば、最早電話に出ない訳にはいかず。なんとか上手くごまかす事にして、俺はB太から携帯電話を受け取ると、渋々自分の耳に当てた。
 もしもし、えっと、さっきの人の先輩さんですか。今晩は。魔法少女風味ミリンちゃんをやってる、御園観鈴といいます。あ、どうも、さっきの奴の先輩なのです。夜分遅くにすみませんなのです。やはり親しい人間以外には普通に話しているらしい。いつものミリンちゃんの口調を真似して話してやると、途端に電話は静かになった。うむ、この反応。もしかしたら、物まねかもしれないと警戒していたが、まず間違いなく電話の向こうに居るのは、俺の妹、魔法少女風味ミリンちゃんに間違いなさそうだ。あれ、もしかしてお兄ちゃんなのですか。ちょっと、どうしたのです。えっ、えっ、ドッキリ番組か何かの収録じゃないですよね。違うよ、と言ってやりたがったが、あんまり親しく話すと、B太と都路社長の二人に、俺たちの関係がばれてしまう。少し考えて、俺は、いえ、いえ、と、相槌に聞こえなくもない返事をした。これならばごく自然なやりとりだ。俺とミリンちゃんのやりとりを見ている二人にも、ただ俺がミリンちゃんの話に相槌を打っている様に見えるに違いない。いえ、いえ、って、何を言ってるですか。ただ、やはりまだまだ中学生、空気も言葉の意味も、今ひとつ察しの悪いミリンちゃん。しかたない、ここは一つ話を早々に切り上げてしまおう。適当にはいといいえを繰り返すと、困惑するミリンちゃんを置いてきぼりに、俺は電話を切ると都路社長に渡した。後で、メールでフォローしておけば、まぁ、大丈夫だろう。
 とまぁ、そんなわけで、どうだい、私が社長だってのは理解して貰えたかい。はいっと元気よく叫ぶB太の横で、俺はため息とあまり変わりない感じの返事を返した。まぁ、一応ミリンちゃんも本物だったことだし、彼が芸能界に顔の効く人物であるということは、間違いないだろう。それで、そんな社長さんがいったいB太に何の用なんだ。さっき見て、そして聞いた様に、こいつの歌は残念で、野次だって飛ばない代物だぞ。ちょっと、先輩それは言い過ぎっすよと苦笑いをするB太に、都路社長は歩み寄るとそっとその肩に手を置いた。真剣な表情だった。誰からも好かれもしなければ、嫌われもしないというのも、それはそれで一種の才能だよ。ちょっと、君の歌に興味が沸いた。そこにホテルを取っているんだが、少し話をしていかないか。
 へっと、間抜けな声がした。俺の声とB太の声が混ざった声だった。