「都路宏太郎は勧誘する」


 都路宏太郎。アンタ、そんな成りして男なのかい。B太に名刺を渡すのも忘れて俺は思わず突っ込んでいた。あらやだ、そんなに驚かなくっても良いだろう。確かに生まれた時は男だけれど、今じゃ立派に女の体なんだぜ。なんだそれ、性転換手術を受けたとでも言うのか。やれやれ、見た目まともそうだからちょっと安心したが、どっこい、この人ニューハーフさんかよ。いや、問題はそこではない。問題は、名刺に書かれている会社と役職だ。
 流石に冗談だろ。もしくは詐欺だ。信じられる訳ねえよと言いながらも、一応B太に名刺を渡す。えっ、このレコード会社って、よくテレビのCMとかでやってる。というか、社長さんって。嘘だ、なんでそんな人がこんな所に。疑念を顔いっぱいに滲ませて、B太が彼女改めて彼を見た。まいったねと言わんばかりに頭に拳を当てると、だから、うちのマネージャが君を見てこいって五月蝿いから、仕事のついでに見にきたんだってばと言った。
 どうすれば信用してくれるかな。あれかい、芸能人と電話したりすればいいのかい。赤いラメが気味の悪い、折りたたみ式の携帯電話を取り出した彼は、スナップを聞かせてそれを開くと通話ボタンを押下してみせた。で、誰と話したい、特別サービス、誰でも良いよ。と、格好よく言いたいのはやまやまなんだけれど、悪いね、うちでCD出してる人しか正直なとこ無理だ。
 自分がレコード会社の社長だと信じさせるために、芸能人に電話をかけるなんて、そこはかとなく詐欺臭い。物まねのうまい仲間に適当に相手をさせて騙す気なんじゃないのか。そんなやり方じゃ信用できないね、それよりももっと良い方法がある。俺が携帯電話を取り出そうとしたその時、魔法少女風味ミリンちゃんでお願いします、と、B太が叫んだ。それはもう、ライブでも滅多に聞けそうにない、大音量で無駄に感情の篭もった叫びだった。
 物まねの可能性もあるが、せっかく芸能人に会わせて貰えるのだ、なんでそんなマイナーアイドルを指名するかな。今更、ミリンちゃんに会った所でありがたくも何ともない俺は、うんざりして俯いた。まぁ、彼女に連絡して本当に社長かどうか聞こうと思ったのだが。はいはい、御園観鈴ちゃんね。あの子、女優だからぶっちゃけ事務所違うんだけど、昔、ウチ経由でCD出したことあるから、まぁなんとかなるよ。少し待っててちょうだいね。手早く携帯電話のボタンを押下して、耳元にあてる都路社長。正直驚かされた。魔法少女風味ミリンちゃんの本名である、御園観鈴を知っているだなんて。嘘だとばかり思っていたが、この人、本当に本物の社長なのかもしれない。
 あ、もしもし、お久しぶりです、今、よかった、寝てる所じゃなかった。そう、舞台の練習中、よかった。あぁうん、ちょっと君に会いたいって言う子がいてね、悪いんだけど、ちょっとお話してあげてくれる。そう言って、都路社長は携帯電話をB太に差し出した。おずおずとした調子で、それを受け取ったB太。見る見るうちにその顔が明るくなっていく。はい、はいと、相槌ばかり打ち、満足に会話らしい会話もしない。最後に、ありがとうございます、あの、これからもお仕事頑張ってください、あともう一人、俺のバイト先の先輩が待ってるんでとぬけぬけ言うと、B太は俺に携帯を渡した