「B太のロッケンロールナイト」


ちょっと野暮用ができたもんで、また外に出てくる。そうですかと、味噌舐め星人は特に興味もなさげに俺に言った。ちょっと前だったら、なんですかなにしにいくんですか、私も行きます私も連れてってください、なんて言い出すだろうに。なんだかこれはこれで少し寂しい物がある。そんな風に、ここ最近の彼女の態度を俺は苦々しく思っていた。元気な方が彼女らしい。
 ご飯食べてるのか。尋ねながら冷蔵庫を開けると、買い置きの味噌カツのサンドウィッチが無くなっていた。パックの味噌も少し減っている。ちゃんと食べてはいるらしい。すまんな仕事が忙しくて構ってやれなくてと、またどうでもいい言葉を味噌舐め星人にかけるのだが、彼女は黙ったままだ。ままならないねとため息を吐く。夜更かしは体に悪い、早く寝ろよ。今から夜遊びをしようとしている人間がよく言うよ。そんな事を思いながら玄関で靴を履くと、俺は寒い寒い外廊へと出た。いってらっしゃい。振り返れば、感情の薄い瞳をした味噌舐め星人が、暗い窓を背後に俺の方を見つめていた。
 駅前に着く頃には十二時を回っていた。電車は終電の運行を終えて、ホームには明かりもなく、当然ながら人通りもない。そんな場所にB太は赤色が毒々しいギターを片手に、足元にスピーカーを置いて立っていた。誰に聞かせるでもなく、一人黙々とギターの弦をピックで弾いていた。ふと、彼と目が合ったが、演奏中なので特にそちらから声をかけてくることはなかった。彼はまた視線をギターの方へと向けると、何者も音を妨げなくなった駅の入り口で、まるでこの世の不幸を嘆く叫びのような音をかき鳴らし続けた。
 B太の対面にあったバスのベンチに座り込む。とりあえず、こうしていればサクラにはなっているだろう。どのくらいこうしていれば良いのか分からないが、時間的にも人通り的にもそう長くは無いだろう。軽い気持ちで彼を見つめることはや十分。曲を替え、音量を替え、歌を叫び、暴れ回ってモヒカンが乱れさせたB太は、まだまだやる気満々という表情だ。一方俺はと、ベンチの隣にあるバスの時刻表を覗き込めば、薄いガラス板にうんざりという表情になっている自分が映っていた。どうにも俺には芸術を楽しむ余裕もなければ理解する教養も足りていないらしい。早々にサクラになったことを後悔した俺だったが、よそ事をしていてはサクラにならない。顔の筋肉を無理やり釣り上げて笑顔にし、首を擡げるとB太の方をそのまま見続けた。
 終電が過ぎたため駅から出てくる人は居なくなったが、人通りが完全に無くなった訳ではない。何人かは俺たちの前を通っていく人が居たのだが、誰も立ち止まってB太の歌を聞く者は居なかった。完全にサクラ作戦は失敗。戦略的撤退を進言しようかとも思ったが、B太はあくまで他人のふりを続けたいらしく、話しかけてこない。そうこうしている内にまた十分が過ぎた。駅の下に出店しているファミリー居酒屋の電気が消える。時刻は一時。追い出されたように店から出てきた客たちが、千鳥足で俺たちの前を通り過ぎて行く。これで誰も足を止めないなら、もうどうしようもないだろう。ふと、一人が何か引っかかったような顔をしてB太を見たが、鼻を啜るとそいつはなにもなかったような顔で、前の酔っ払いの背中を追って歩いて行った。