「塩吹きババアは会いにくる」


 スーパーに到着し緑色の籠を腕に通すと、とりあえず俺は生鮮コーナーに赴いて野菜を買い漁った。ここ何日も、緑色をした食べ物を食べていない気がしたのだ。どうせ味噌舐め星人の横槍で、この緑色も味噌の茶色に染められるのだろうということは、想像に難くなかったが。まぁ、腹に入ってしまえば色も何も関係はない。それでは本末転倒だが、要は食物繊維である。肉だの卵だの大豆を発行したのだのばかり食べていたのでは、体に悪い。
 安い肉と安い魚を値段だけ見て放り込み、ついでに乾物コーナーで干し椎茸を買う。今日は鍋にしよう。石狩鍋にするには、昨日味噌煮込みうどんを食べた手前ちょっと戸惑う。ここはやはり豚しゃぶもどきの水炊きにして、味噌舐め星人には味噌ダレで食べてもらうとしよう。俺はあっさりポン酢とおろしで。鍋にすれば味噌舐め星人の味噌道楽に、無理に付き合うこともない。いっそこれから毎日鍋料理というのも良いかもしれないなと、そんな事を考えながら豆腐コーナーで木綿豆腐を二丁買うと、俺はスーパーのレジに向かう。ぶっきらぼうなレジの兄ちゃんに、商品を読み上げられ。ふと、そういえば買い物袋を持ってきていないのに気づいて、レジにぶら下がった袋購入のカードを取って、籠の中に放り込んだ。舌打ちする店員。接客態度がなっていないなと、舌打ちし返すと、少し睨んで男は再び作業に戻った。自分も同じような商売をしているから少なからず気持ちは分かるのだが。そこはそこ、法律上問題がなければ、お客様は神様なのだ。頭を黒く染めて理想的な学生バイトだが、これならばウチの店のモヒカン男の方が幾らか愛想があるというものだろう。あれでいてB太は常連のお客さんの受けがいい。
 財布の中から万札を出すとまた舌打ち。いい加減頭に来ていたが、それを堪えてレジを出ると、さっさと袋に荷物を詰めて俺はスーパーを後にした。レジ袋の一番上に置いた卵がカラカラと音を立てる。冬休みに入ったのか、制服を着た学生たちと何度がすれ違いながら、家へと戻ると、俺は荷物を一旦床に置きポケットから鍵を取り出した。中から声が聞こえてくる。味噌舐め星人は起きているらしい。おい、今帰ったぞ、喜べ、今日は奮発してしゃぶしゃぶだ、味噌ダレ作ってやるからな。そう言って俺は扉を開けかけた。
 入らないでください。と、味噌舐め星人にしては珍しい、はっきりとした口調での制止の言葉が扉の向こうから飛んできた。何か鬼気迫るような、そんな凄みさえ感じられる。思わず回しかけたドアノブを止めて、俺は息を飲んだ。痺れた脳と痺れた空気、麻痺したように幾らかの時間が過ぎた。そうして、ようやく言葉を取り戻した俺は、なんで入っちゃいけないんだ、着替え中かと、味噌舐め星人に声をかけた。しかし、部屋の中の味噌舐め星人からは何の返事もこず、ただただ扉の隙間から冷たい風が吹き抜けていった。
「ふふふっ、そうやって会わせんとした所で、無駄よ、無駄。お主がどのような妨害をしてこようとも、ワシは必ずあやつに会うつもりじゃて」
 懐かしい声がした。それは、昨日の夜、夢の中で聞いたはずの、けれどもこうしてはっきりと聞くのは久しぶりの、ある、親しい、女の声だった。
 どうして、なんで、貴方がこのタイミングで。そんな、あんまりです。