「魔法少女風味ミリンちゃんは惜しげもなく特急を使う」


 そうだ先輩、仕事も押してることだし、せっかくっすから、今日は特急で帰りやしょう。もちろん、特急料金は先輩のおごりで。そうですね、確かに時間も押してることだし、急行電車で行くのも面倒なのです。よし、お前の言う通り、特急電車を使うのです。いや、ちょっと待てよと俺は二人を止めた。それは構わないが、最寄り駅には特急電車は停まらないぞ。じゃぁ、停まる駅まで歩くのですと、ミリンちゃんはこともなげに言ってのけた。やれやれ、こんな事なら着いて来るのではなかった。反転、部屋に戻ろうとする俺の服の裾を何者かが引っ張った。振り返れば、もちろん握っているのはミリンちゃん。お兄ちゃん、私、ここら辺の地理には詳しくないのです、停まる駅まで案内してくださいなのですと、彼女は天使のような笑顔で言った。
 幸いな事に、特急の停まる駅と最寄り駅とは、自宅から距離にしてそう変わらない場所にあった。駅につくまで俺とミリンちゃんとビネガーちゃんは他愛もない世間話に花を咲かせた。俺とミリンちゃんが話している所に、ビネガーちゃんが茶々を入れる。相変わらずビネガーちゃんの軽いノリは鼻についたが、それでも時間を無駄にしたとは思わなかった。そうこうしている内に駅についた。彼女達は券売機で乗車券と特急券を買い、俺は券売機で一番安い切符を買う。中まで着いてくる気ですか、と、ミリンちゃんが券売機から切符を取る俺を、横から見つめながら言った。あぁ。それはちょっと気持ち悪いのです。映画か小説の見すぎなのです、改札口までで良いのです。そう言って、あからさまに嫌そうな顔をするミリンちゃんに、せっかく買ったんだからと俺は切符をちらつかせた。まったくもう、お兄ちゃんはなんでもかんでも早急すぎるのです。もっと落ち着くのです。そうだそうだー、この早漏野郎がっ、もうちょっと粘れよネバネバネバネバネバーギブアップ、なんでそんなにすぐ諦めるんだよ、諦めるなよ、信じれば出来る、お前なら出来るって。無意味に暑苦しく無意味に大音量で俺たちに迫るビネガーちゃんを無視し、俺はミリンちゃんの背中を押すと、駅の改札口を通った。
 俺たちがホームに降りると、オレンジ色をした特急列車がちょうど到着した所だった。ミリンちゃんが持っている特急券に、印字されている行き先と同じ案内板が窓の上に表示されていた。ジャストタイミングなのです。お兄ちゃんせっかくついて来てもらったけど、もうお別れなのです。だから、後先を考えて買わなくちゃダメなのですよ。咎めるように俺に人差し指を突きつけると、ミリンちゃんは眉を釣り上げた。はいはい、確かに、少し考えが足りなかったね。素直に自分の浅慮を認めて謝ると、ミリンちゃんは幾らか自慢げに口元を釣り上げて俺を笑った。隣でビネガーちゃんも笑っていた。
 また会う約束をして、俺とミリンちゃんは別れた。入った手前なんだかすぐ出るのももったいなくて、喫煙コーナーでタバコを一本吸ってから、俺は駅を後にした。仕事の時間を確認する。まだ十分に出勤までには時間があった。せっかくなので、帰りにスーパーでも寄っていくとしよう。咥えていたタバコを灰皿の穴にねじ込むと、俺はホームの階段を登った。また、なんだか名残惜しい気分になり階段を見下ろしたが、視線の先には何もなかった。