「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは拝金主義だ」


「本当にそうかえ。お前が気づいていないだけで、実は居るかも知れんぞ」
 塩吹きババアが囁くように言った。声色から、俺はまた、俺たちをからかうような顔をしているものかと思ったが、見ればその表情は真剣そのものであった。まるで俺を咎めるような鋭い視線を受けて、得体の知れない罪悪感が胸の中をかき乱していく。分かっている、彼女はそういう人を動揺させるような言動をして、悦に入るようなそんな妖怪だ。まともにその言葉を取り合ってはいけない。しかし、だ。なぜだかその時の俺には、彼女のその態度と台詞をいつもの戯れ言だと、割り切って処理することができなかった。本当に、彼女の言う通りなのではないのだろうか。俺が、気づいていないだけで、忘れてしまっているだけで、彼女は俺の家族なのではないだろうか。
 まぁ、どうでも良いっすよ。とりあえず、アタシ程度の式神じゃぁ、あんたにゃぁ敵わんですばい。だから、警告だけしてドロンさせて貰いまさぁ。ミリンちゃん先輩にちょっかい出すようなら、アンタが先輩の姉さんだろうが従姉だろうが叔母さんだろうがアタシが容赦しやせんぜ。こう見えてね、アタシはミリンちゃん先輩が人間的にも性的にも大好きなんでさぁ。ですからまぁ、あの人が苦しんでるのはみたくねぇわけですよ。頭のネジがねじ切れてるお兄さんや、色んな所が抜けてるお姉さんがどうなろうが、それはアタシは知りやしねえですけど、ミリンちゃん先輩に手出しするなら、全力で潰すっす。この世に思念の一つも残させやしねえ。てめえの墓をロードローラーで粉砕して、この世界とてめえを繋いでる、恨みも縁も全てご破算にしてやる。だからまぁ、そこんところをちゃんと弁えろよ、この地縛霊が。
「ふははっ、成仏も再殺もできないくせに、よくそんな大言を吐くことができるのう。まっこと、弱い犬ほどよく吠えるというものじゃ。のう若者」
 俺に意見を求められても困る。今はお前の事を整理するだけで頭はいっぱいだというのに。いや、あたりを見るに思いのほか空っぽではあるが。五月蝿いっすよと、ビネガーちゃんの声がして、彼女のカッターナイフが塩吹きババアの口を十字に変えた。切れ端から血を滴らせて、だらしなく四方に開く塩吹きババアの口。白い歯とピンクの歯茎が笑っている。まず有り得ない話だ、本当に悪い夢を見ているなと、心の底からうんざりとした嘆息がこみ上げる。心の底が心象世界たる夢の中に存在するなら、一つ見てみたいね。
「まぁよい。みーちゃんに手をかけたのはほんのきまぐれじゃえ。ワシが恨みに思っているのは、個人的にこの腐れ兄貴と泥棒猫だけよ。みーちゃんには別に手をかけるつもりはない。そういう分けじゃから、まぁ、お互いこれ以上の干渉はなし。これで手打ちという事にしておこうじゃないか、のう」
 まぁ、アタシはそれでも構わないっすよ。お兄さんがどういうかは知らねえっすけどね。お兄さん、それで良いっすか。良い訳ないだろ、恨みに思っているなんて言われて、幽霊にちょっかいかけられると分かっていて、納得できる訳がない。金は払うから、なんとかしてくれ。思わずビネガーちゃんに俺は言った。やれやれと言いたげな表情で、仲良く横に首を振る女二人。
「まったく、金でなんとかなるなら、ワシだって喜んで成仏するっての」