「塩吹きババアは復活する」


 白い夢の中で白いワンピースを身にまとい白い髪を靡かせて白い顔に白々しい笑顔を浮かべる。今にも溶けて消えてしまいそうな、雪のように透明な白さに見えれば、あるいは漆黒のコーヒーをまろやかな色に変えるミルクのように濃厚な白にも見える。黒い瞳と薄い紅色の口元だけが、彼女を人とたらしめていた。塩吹きババア。塩を好み、塩を売る、女妖怪。老け顔の女。
「ふむふむ、懐かしいのう、何日ぶりかのう。元気にしておったか。まぁ、知り合いの女を夢の中に引きずり込んで、こんな淫夢を見るくらいじゃて。節操がないのは相変わらずそうじゃが。しかたないか、最近は、ワシが居らんからのう。どれ、夢の中じゃが、せっかくじゃて相手をしてやろうかえ」
 そういって、手で管を作り擦り上げ、口を舐めずる塩吹きババア。相変わらずなのはお前もだろう、人をそんな好色野郎みたいに言ってくれるな。久しぶりの彼女とのしょうもないやりとりに、ため息が俺の口を吐いた。なんだい、お前まで人の夢の中に入ってきて。勘弁していただきたいね、夢の中くらい自分の好きなようにさせてくれよ、こんなんじゃ息がつまるぜ。
「まぁ、息がつまるのは生きているから仕方あるまいて。それが嫌なら、ワシと同じように死んでしまうことじゃのう。こうなってしまえば、人に夢を覗かれることもない。むしろ、こうして人の夢に勝手に入り込むことも可能じゃ。なにより、人との関わりに思い煩うこともないのは気楽でよいぞ」
 苦笑い。まだこの歳で死にたくはないよ。俺はまだ何も成していないし、何者にも成っていない。とまぁ、それっぽい台詞を言ってはみたが、たいして成したいとも成りたいとも思わないが。それでも、もう少し良い思いをしてから死にたいものだ。それこそ、アンタくらい顔に皺が寄るほどにね。
「ふふふっ、じゃとしたら若者よ、お前さん、もう充分に生きすぎじゃて」
 どういう意味だよと、俺が不思議に思ったその時、どこから取り出したのか、ビネガーちゃんが塩吹きババアに向かってお札を投げつけた。次いで、俺の背中から踊り出すと、手に持ったカッターナイフで塩吹きババアの喉元を一閃した。まるでビニールの包装紙を裂いたような音がして、塩吹きババアの喉元から真っ赤な血が流れる。風の抜ける音がして、紅い華が咲いた。
 塩吹きババアが膝を折って倒れた。紅い液体が滴るカッターナイフを手に握り、無情な瞳で血に染まった塩吹きババアを見下ろすビネガーちゃん。おいおい、なにをしてるんだよ。なに、人の知り合いをいきなり瞬殺してくれてんだよ。予想を越えての出来事に、憤りを通り越し虚無感に心を支配されてしまった俺は、ビネガーちゃんを睨みつけることもできず、ただ塩吹きババアだった何かを見つめながら、情けない声色でビネガーチャンに問うた。なにって、悪霊退治っすよ。こいつっすね、こいつが先輩とお兄さんに取り憑いている悪霊ですよ。悪霊、馬鹿を言うな、彼女は妖怪だ、幽霊じゃないよ。そんな俺の言葉を華麗に無視して、ビネガーちゃんは倒れている塩吹きババアの腹を蹴った。一度死んでるだけあって、死んだふりが得意っすね。笑い声が響いた。途端、紅く染まっていた塩吹きババアの体が白く変わる。
「死を自覚させるのも殺し直すのも、己を妖怪と思うとるワシには無駄よ」