「塩吹きババアは侵入する」


 家族かもしれない、か。そう言われると、少し、気分が悪い。しかしだ。家族っていったい誰の事なんだ。親父か、お袋か、ミリンちゃん本人、ということはないだろう。姿から言えば、間違いなくあれは味噌舐め星人だが、彼女が人を呪うような性質でないことは、そう長い付き合いでもないがなんとなく分かる。一番有り得るとしたら、母さんだろう。あの依存心と独占欲の権化のような女ならば、無意識の内に俺を呪っていてもおかしくない。ただ、俺はそうだとして、彼女が大のお気に入りであるミリンちゃんを呪うだろうか。なによりも、彼女にこんな淫夢を見せられていたというのは、流石に気分が悪い。母が俺たちを呪っているとは、できれば考えたくなかった。
 では、いったい誰なのか。悪いが、俺には心当たりはないぞと、先ほどから俺の方を向いて立ちつくしたままのビネガーちゃんに俺は言った。本当にないんですか。念を押すようにじっとこちらを睨みつける彼女。俺が頷くと困ったなという感じで首を捻らせる。しかたないっす、それなら、地道に足で探すしかないっすね。まぁ、夢の中で足も何もないっすけれど。ビネガーちゃんは、まるで風に舞う紙のように中空をひらりと舞ったかと思うと、俺の前に降り立った。そして、俺の背中に絡み付いている砂糖女史の額に人差し指を突きつけて、軽く弾いた。なんだと思った刹那、俺の後ろに居た砂糖女史がシャボン玉のように弾けて消える。まるで、最初からそこに彼女なんていなかったかのように、砂糖女史は俺の夢の中から消えてしまった。という訳でお楽しみはここまでっす。ちょっとアタシに付き合ってくださいな。
 付き合うって何に付き合うんだよ、ぶつくさと文句を言いながらも、ビネガーちゃんについていけば、この不可思議な夢について何か分かるかもしれないと感じた俺は、迷わず彼女の背中を追った。白い白い空間を、ビネガーちゃんは確かな足取りで歩いて行った。どこにも行きようがなさそうな夢の中を、彼女は何か糸でもたぐっているようにして、どこか目的地に向かって歩いている風に俺には見えた。お兄さんって、やっぱり随分とスレた人間っすね。普通、こんな殺風景な夢、見ないもんすよ、もうちょっと、楽しい夢を見るもんっすよ、人間って奴は。まるで俺が人じゃないとでも言いたげだな。どんな夢を見ようが人の自由だろうが。ここが夢の中なのを良い事に、俺はまたしても、口汚い言葉を彼女に浴びせてやろうかと思った。それどころか、まるでいつぞや味噌舐め星人が俺の家にやってきた時にしたように、組み敷いて酷いことをしてやろうかとすら思った。やれやれ、これだから口のきき方を知らない餓鬼は困る。っと、もう良い歳なんだっけか彼女は。
「そうじゃえ、人は見た目に寄らぬもの。若者よ、そうやって見た目に惑わされているようでは、いつまでたってもお前さん何も得ることはできんぞ」
 どこから沸いて出たのか、気づけば俺の後ろの白い空間に、白い女が立っていた。いや、白い女なんかじゃない。白い彼女は、俺のよく知っている女だ。塩吹きババアだ。ある日忽然と俺と味噌舐め星人の前から消えた、短い間ではあったが、今住んでいる部屋で一緒に暮らした、元同居人だった。
「ふふっ、夢でもし会えたらとは素敵な話じゃのう。久しぶりだの、若者」