「ビネガーちゃんは先輩に取り憑いた生霊を祓いにきた」


 いや、その前にだ、人の夢の中にずけずけと入ってきて、いったいお前は何なんだ、何者なんだ、何が目的なんだ。これが夢なのを良い事に、俺は乱暴な口調でビネガーちゃんに迫った。いやいや、夢の中の出来事に何を本気になっているんすか。夢に他人が入ってこれるわけないっす、ただの悪夢っすよ、気にしない気にしない。って、普通の人なら思うんだろうけど、流石は根性捻くれまくって、お蝶婦人の縦髪ロールレベルになってるだけはありやすね。褒められたのか貶されたのか、たぶん、からかわれたのだろう。確かに言われてみればその通りだ。人の夢の中に他人が介入することなどできはしない。そもそも、夢というのは理不尽であやふやな物である、こんな理路整然とした会話が成立しているのもまた、おかしいと言えばおかしい。夢の中にしては俺は妙に落ち着いている。まるで、夢の中ではなく現実の中に起きているように。しかしながら、白一色で染め上げられた世界は、どう見ても現実ではなかったし、俺の体を後ろから抱きしめて、陰部を尻に擦り付けて甘い声を放つ砂糖女史もまた、俺の妄想の中に生きる知性を持ち合わせぬ都合よい空蝉に過ぎなかった。冷静な知性を持ち合わせた俺が、これは夢であると冷めた感じに呟いていた。夢の中の仮初めのイメージでしかない己れの中で、静かに呟いてた。俺は確かに夢の中に居て、確かにビネガーちゃんに語りかけられていた。やれやれ酷い悪夢だね、早く覚めてくれないか。
 良いよ、分かった、状況は把握した。それでいったい、君は俺の夢の中に入っていったいどうしようって言うんだい。うーん、揺るぎないっすね、ブレてないっすね、人としてどうかしてるっすよ、そういうの。まぁ、いいっすよ、その方が話が早いし。そうっすね、お兄さんの夢に入らせてもらったのは他でもないっす。ミリンちゃん先輩に纏わりついてる、薄ら寒い奴をなんとかしようと思ったからっすよ。アッシはこれでもまだ霊能力者としてはクオーター前なんで、まだよく実態が掴めてねえっすけど、先輩の家族に非常に近い霊が纏わりついているってことは、なんとなく分かるんすよ。それでまぁ、生霊かなと思って、いっちょ夢に潜り込んでお兄さんの深層心理を覗き込んで野郎と思ったんですけど、どうやらお兄さんにもミリンちゃん先輩と同じ、薄ら寒いのが着いているらしくて。安全用スクリプトが働いて、今、そっちを追跡する感じに、処理内容が切り替わった訳なんですよ。
 ふむ、まったく言っていることが電波過ぎて意味が分からない。人が自分の頭の中に介入してくるのは事象として理解できても、電波な言葉、電波な台詞、こればっかりは理解できない。あぁ、うん、アンタの目的も、薄ら寒いのが俺たち兄妹に取り付いているのは分かったよ。それで、追跡してどうしようって言うんだ。とっちめてお祓いしてくれるってのか、その、霊的な何かを。霊能力者と恥ずかしげもなく名乗るだけあって、そのくらいの事はできるのだろう。なんだか先ほどから馬鹿にされ続けている気がしてならなかった俺は、馬鹿にするような口ぶりでビネガーちゃんに言った。まぁ、そのくらいは朝飯前っすよ。しかし、いいんですか、お祓いしちまって。相手はもしかしたら、お兄さんやミリンちゃん先輩の家族かもしれねえんすよ。