「味噌舐め星人の抽斎」


 それから俺たちは、いつかそうしたように、ミリンちゃんを真ん中に三人で手をつないで夜道を帰った。ミリンちゃんは相変わらず泣いていて、俺はなにも言えなくて、俺たちの悲しみを中和するように、味噌舐め星人がいじらしく一人笑っていた。彼女の笑顔に助けられて、少しだけ、心の底が暖かくなってきたのを感じる。ミリンちゃんの顔を見れば、少しだけ、目尻から流れ出る涙は減っていた。今も昔も、どうにも俺たちは、味噌舐め星人が居ないと、満足に仲直りをすることも、立ち直ることもできないらしい。
 お兄ちゃん。ごめんなさいなのです。ミリンちゃんがふと俺に謝った。彼女が何に対して謝っているのか分からない、俺を陥れて実家から追い出したことか、長きに渡り俺の事を罵倒しつづけたことか、お兄ちゃんさんと他人行儀な呼び方で俺を呼んでいたことか、それともここ連日俺の家に押しかけては生活を滅茶苦茶にしてくれたことか、とにかく心当たりが多すぎた。しかしながら、分からなくてもその言葉への返事は決まっていた。いいさ、兄妹じゃないか。気にするなよ。そんな些細な事はどうでも良いのだ。いや、どうでもよくはないことも多いのだが、ミリンちゃんがそうして謝ってくれるだけで、また昔のように仲良くしようと思ってくれるだけで、再び心を開いてくれたことで、俺にとってはもう充分過ぎるほどに充分なのだった。
 ミリン。お前、たまには家に遊びにこい。後で、あの部屋のスペアキーを貸してやるから。仕事が忙しくてな、あまり引きこもりのお姉ちゃんの相手がしてやれないんだ。だから、暇な時にでも寄ってやってくれると、俺としても助かる。ミリンちゃんはちょっと驚いた顔をして俺を見た。そして、また進行方向に顔を向けると、無理なのですと、俺に言った。私も忙しいのです、これでももうミリンは女優さんなのですよ。テレビのお仕事が何時入るか分からないのです。だから、そんなにしょっちゅうお姉ちゃんさんの相手はできません。やれやれ、ここ二・三日を休んで我が家に寝転がっていたというくせに、忙しいとな。どうやら、再び心を開いてくれたが、意地っ張りな所はそのままらしい。けれど、そう言ってくれるのは嬉しいのです、せっかくなので、お兄ちゃん、その鍵はいただきます。お仕事がなくて暇になったら、その時は来てみます。お姉ちゃんさんに会いにい来ます。ミーちゃんこれから頻繁に遊びに来てくれるんですか、それはとっても嬉しいです。約束ですよ、ミーちゃん。うん、お姉ちゃんさん、約束なのです、また遊びにくるのです。そう言って、ミリンちゃんは、俺と味噌舐め星人の手を強く握りしめて、勢いよく体の前後に振った。やれやれ、またこんな子供っぽい事をと思ったが、愛しい妹の愛嬢表現に、俺は兄として付き合ってやった。
 すっかりと闇の中に沈み込んでしまった街を、街灯の明かりを頼りに我が家へと進む。暖かな白熱灯の明かりが、窓から漏れるアパートに着くと、足場を確かめて、鉄筋コンクリート製の階段を上った。部屋からは灯りが出ていなかった。当たり前かと思って、俺は鍵を開けて扉を手前に引いた。
 恨めしやぁ、恨めしやぁ、私を置いて外出なんて恨めしやぁ。部屋の中には、随分と今風のギャルの格好をした、健康的なお化けが佇んでいた。