「味噌舐め星人の愛嬢」


 ミリンちゃん、もう、こんなのは止めにしよう。お互いが悲しいだけだ。慰めるでもなく、赦すでもなく、彼女にかける上手い言葉が見つからない俺は、ただ、彼女に提案をした。俺は確かにお前に酷いことをした、そして、お前はそれで酷く傷ついた。けれども、もう、それを引きずって、お互いにお互いを苦しめ合うのは止めにしよう。お前も俺も、十分に苦しんだじゃないか。まだなのです、まだ、お兄ちゃんは苦しんでないのです、反省してないのです。私が、私が、どれだけお兄ちゃんにあんな扱いを受けて、あんな酷いことを言われて、傷ついたか、言ったお兄ちゃんに、やったお兄ちゃんに分かる筈がないのです。私は、まだ、お兄ちゃんを赦せないのです。感情の堰が崩壊したように語調を強めてそう言ったミリンちゃん。いつしか俺たちは、往来の真ん中に立ち止まっていた。ミリンちゃんの目尻からは大粒の涙が連なって流れ出て、やがて一つの流れに変わっていた。まるで顔にお面を張り付けたように無表情な彼女が、こんな風に怒りと悲しみに荒れ狂うということは、やはり俺の推理は間違っていなかった。口を開けば愚かな言葉しか出せない、考えても皮肉と罵倒することしかできない、哀れな生き物な俺には、彼女の悲しみをどうやって和らげてやれば良いか分からなかった。
 ミーちゃん。もう、いいんですよ。もう、お兄さんの事で苦しまなくっていいんです。もうお兄さんは十分に苦しみました。もう、赦してあげましょう。でないと、ミーちゃん貴方まで苦しくておかしくなってしまいます。私は、私の愛しい人たちに、そんな風に苦しんで貰いたくありません。苦しんでる姿を見たくありません。どうして、兄妹でいがみ合って苦しまなければいけないんですか。こんなにも、お互いのことを大切に思っているのに、どうしてそんな些細な事を気にして、辛く当たり合わなくちゃいけないんですか。そんなのは、おかしいですよ。だって、ミリンちゃんはお兄さんの事がやっぱり好きだし、お兄さんはミリンちゃんの事をとても大切に思っているじゃないですか。こんなのは、悲しすぎますよ。二人共相手を大切に思っているのに、こんな関係は。だから、ね、ミーちゃん。もうそんな、苦しいことを考えるのはやめて、また昔みたいに、三人一緒に仲良くしましょう。
 味噌舐め星人がそっとミリンちゃんの肩を抱いた。それで、ミリンちゃんの心の第二防波堤が決壊して、いつしか大声で彼女は泣き出していた。味噌舐め星人はよしよしと、夜泣きする子供をあやすようにして、ミリンちゃんの頭を優しく何度も何度も撫でた。その時、ふと、俺は子供のころの記憶を思い出した。いつだったか、俺とミリンちゃんがくだらないことで大喧嘩したとき、こうして、誰かが俺たちの間を取り持ってくれた。彼女は、まだ大人の腰くらいしか背丈のないミリンちゃんを、そっと撫でて泣き止ませ。俺に向かって臆することなく、お兄ちゃんでしょう、妹を泣かせちゃだめじゃないと怒ってみせた。それは、腰まであるロングヘアーを持った少女で、俺の事をお兄ちゃんと何度も呼んだ。どこか面影が味噌舐め星人に似ていた。
 お兄さん、ほら、こっちに来てください。味噌舐め星人が俺を呼ぶので、俺は誘われるまま彼女に近づき、言われるままミリンちゃんの肩を抱いた。