「魔法少女風味ミリンちゃんは、お兄ちゃんが大好きだ」


 駄目ですよミーちゃん。お兄さんだけ仲間外れなんて、そんなの駄目ですよ。だってだって、お兄さんは私たちの大切なお兄さんなんですよ。ちょっと頼りないけれど、ちょっと乱暴者だけど、ちょっと変態だけれど、それでもかけがえのないお兄さんなんです。私たちの大切なお兄さんなんです。なるほど、だいぶ頼りなくて、だいぶ我侭で、だいぶ変態な妹にそう言われると、少し心を動かす物があるな。なんともまぁ、酷い言われようだったが、それでも、味噌舐め星人の俺に対する思いは伝わってきた。ミリンちゃんと違って、彼女は俺を慕ってくれている。その言葉で幾らか俺は救われた。
 けど、お姉ちゃんさん。この人は酷い人なのですよ。ミリンやお母さん、お父さんがどれだけ酷いことをされたか。お姉ちゃんさんは知らないかもしれないですけど、とにかく、お兄ちゃんさんは私たち家族の絆を無茶苦茶にしたのです。お兄ちゃんさんは最低の人間なのです。そんな人間と、一緒に暮らしてても、また酷い目に合うだけなのです。お姉ちゃんさん、こんな獣と一緒に暮らしていたら、いつか取り返しのつかないことになってしまいます。だから、私と一緒に暮しましょうなのです。お兄ちゃんさんは、危ないのです、危険なのです。なに言ってんだ、危険なのはお前だろうが。可愛い顔して、子供のふりをして、俺を嵌めてくれやがって。当時、ミリンちゃんとの関係で家を追い出された時のことを思い出して、俺は頭の中で少し毒づいた。けれども、それを現実の世界で実際に吐き出すようなことは、俺には出来なかった。なぜならば、紆余屈折やミリンちゃんによる誇張を含めたとしても、本質的に俺が彼女を傷つけて、彼女を悲しませたのには代わりないからだ。親の容赦ない罵倒に甘んじて、家を出たのもそんな理由からだ。俺はたしかに、当時、まだ幼かったミリンちゃんに、相当に残酷な仕打ちをしたし、許されなくても仕方の無い言葉を彼女に放ったのだ。それは、どれだけ言葉を探しても覆すことのできない、事実であり、俺の功罪だった。
 けれども、俺を忙しく詰りながら、味噌舐め星人に掴みかかって説得しながら、ミリンちゃんの瞳はまだどこかよく分からない所を見ていた。なんで彼女がそんな瞳をするのか。ようやくそれが、どこを見ていいのか分からない、騒々しいながらもどこまでも暗い混乱の中に彼女が居るからだと気づいた時には、彼女は苦しみに耐えかねて、目から大粒の涙を流していた。
 嫌なのです、嫌なのです、お兄ちゃんさんなんか嫌いなのです、もう顔も見たくないのです、もう家族なんかじゃないのです。じゃぁ、なぜ彼女は俺のことを未だにお兄ちゃんさんなどという呼び方をするのだろうか。じゃぁなぜ彼女は俺にここまで対抗意識を持つのだろうか。本当に嫌いなら、無視するはずだ、顔も見たくないなら見ないはずだ。矛盾する感情。矛盾するミリンちゃん。矛盾する自己。彼女の刺々しい言動の中に、俺は相反する感情の相克する姿を見つけた。彼女はその二律背反な感情の渦の中にあって、今まさに助けを求めて、その丸い瞳から感情を涙に変えて訴えていたのだ。
 俺がどれだけミリンちゃんに嫌われても、どこかで彼女のお兄ちゃんだったように、彼女もまたどれだけ俺を嫌っても、どこかで俺の妹だったのだ。