「魔法少女風味ミリンちゃんは、お兄ちゃんが大嫌いだ」


 いや、普段のミリンちゃんはお前と同じで、思ったことはなんでも口にするような空気読めない感じの子なんですけどね。即座に俺はそんな事を思った。現に、先ほど俺と席を立った時は、彼女もちゃんと喋っていた訳だし、今回に関して醤油呑み星人の人物鑑定は間違っているようだった。まぁ、それの言葉に対しても、ミリンちゃんはだんまりを決め込んだ訳だから、そういう風に彼女に思われてしまうのは仕方のないことなのだろうけれど。
 ふんっ、と怒ってまた醤油ラーメンを食べ始める醤油呑み星人。どうしていいかわからず、おろおろとする頭の足りていない大人が二人。いや、皮肉を考えることしか能のない俺も含めれば三人か。どうしようもない空気に、どうしようもない展開に、息がつまりそうだ。お、お兄さん、もう、私、お腹いっぱいです、よかったら、おうどんの残り食べませんか。もはやどうしようもない空気を感じ取り、マイペースの申し子が初めて空気を読んだ。俺はそれに乗っかって、彼女から温いお椀を受け取ると、伸びきった茶色いうどんを啜った。赤味噌の味が効いた味噌煮込みうどんは、とても辛かった。
 口の周りの味噌を拭うと、それじゃ、そろそろ出るかと俺はミリンちゃんと味噌舐め星人に声をかけた。お姉さん、てんにょーさん、ばいばいです。朗らかに挨拶をする味噌舐め星人を置いてきぼりに、ミリンちゃんはとっとと一人で店の出入り口へと歩いて行った。最後まで、醤油呑み星人に挨拶をする気はないらしい。それに対して、もう怒る気力も残ってないのか、醤油呑み星人は味噌舐め星人の挨拶も無視して、ラーメンのスープを飲みつづけた。うん、よかったらまたお店に遊びに来てね、と、下心丸出しに鼻の下を伸ばしたてんにょーさんが、無駄に元気な返事をするばかりだった。
 ミーちゃん、ダメですよ、ちゃんとご挨拶しなくっちゃ。お兄さんの大切なお仕事仲間なんですよ。もしミーちゃんのせいでお兄さんがお仕事クビになっちゃったらどうするんですか。いや、流石にそんな事でクビになることはない。とは言ったものの、味噌舐め星人を店に連れて行っただけでクビにされた前例があるだけに、あながちあり得ない事もない。とはいえ、今は店長にも醤油呑み星人が居るので、そんな暴挙に軽々しくでることもないと思うが。いいのです、お兄ちゃんさんなんて、お仕事クビになってしまえばいいのです。路頭に迷って捨て犬みたいに野垂れ死ねばいいのです。なぜかミリンちゃんは少し怒った調子で、そんな言葉を夜の街に向かって吐いた。随分と酷い言われようだ、せっかく苛められた仇をとってやろうとしたのに。
 そうしたら、お姉ちゃんさんは私と一緒に暮らせるのです。ううん、もうお兄ちゃんさんなんてほっといて、私と一緒に暮らしましょうなのです。今のアパートよりもっともっと良いアパートに住んで、お兄ちゃんさんにも、お母さんにもお父さんにも内緒で、私とお姉ちゃんさんでずっと一緒に暮らすのです。どうですか、お姉ちゃんさん。そうしましょうよ、お姉ちゃんさん。そう言ったミリンちゃんの目には、何か焦点の様な物が存在していないように俺には見えた。彼女は一体どこを見ているのだろうか、何を考えているのだろうか。そんな不思議な感覚を、俺は実の妹のその表情の中に見た。