「味噌舐め星人の宣宅」


 ミリンちゃんの許可を得た俺たちは一路駅前へと向かった。駅前には何件かファミリーレストランがある。流石に行きつけの居酒屋であるつぶれかけに、ミリンちゃんを連れていくのは気が引けた。なにせ、最近は料理がまともになったとはいえ、まだまだ衛生環境は劣悪だ。そのうちにアルバイトの徳利さんと協力してなんとかはするだろうが、迂闊に口の悪いミリンちゃんを連れて行って、せっかく漲ってきた板前のやる気を削いでしまうのはいただけない。なにより、居酒屋に子供を連れていくというのもどうかと思う。
 どこで食べたいミリンちゃん。点滴のおかげですっかり元気になってはいたが、一応大事を見て背負っていたミリンちゃんに俺は語りかけた。所詮、どこも冷凍食品なのです、たいして美味しそうじゃないのです。お姉ちゃんさん、お兄ちゃんさんの行きたい所でいいのです。やれやれ、また、随分と生意気なことを言ってくれる。お前の財布に余裕があるなら、駅裏の寿司屋でも良いぞ、回らない上に値札もないけれど。それだと、お兄ちゃんさんはガリしか食べれなくなるんじゃないのなのです。お姉ちゃんさんには奢ってもあげても、お兄ちゃんさんには奢ってくれないらしい。分かった、じゃぁ近場の和風レストランにしておこう、お姉ちゃんさんの為に。俺は、何度目かの駅前だというのに、まだ慣れないのかきょろきょろと辺りを見回す味噌舐め星人を見つめた。姿は随分と世間じみてきたが、まだまだ気分はお上りさんだな。お上りするほどの都会でもないけれど。あ、あ、何を笑ってるんですか、お兄さん、また私の悪口ですか、酷いですね、酷いです、これだからお兄さんは酷いんです。顔を合わせるや、訳の分からない怒りをぶつけてくる味噌舐め星人を、適当な返事でなだめると、俺は彼女の後ろの和風レストランを指さした。今日はあそこで夕食を食べるぞ。振り返った味噌舐め星人はしばし沈黙して、あそこはおいしい味噌料理ありますかねと、尋ねた。
 人懐っこい感じの店員に導かれて、四人がけのテーブルへと案内される。ミリンちゃんと味噌舐め星人を壁側、味噌舐め星人の隣に俺が座ると、置かれていたおしぼりで手を拭いて、次いで顔を拭いた。オヤジ臭いのですと嫌な物でも見るような視線を俺に送るミリンちゃん。それを聞いて、真似しようとしていた味噌舐め星人が手を止めた。無視してメニューを開くと、店の外装に合った、和風テイストな料理の数々が、美味しそうに並んでいた。少し見ただけだが、味噌舐め星人ご所望の味噌料理も幾つか見つかった。どれにする、と、俺はメニューを反転させてミリンちゃんに見せた。一応、お子様ランチのページを広げて。勘の良い彼女は、私はもうそんなお年頃じゃないのですと、頬を膨らましてメニューを奪い取ると、それを立てるようにして自分の顔と料理を俺たちから隠した。これでは俺たちは何も料理を選べない。どうしたものかね、と、思っていると、ちょうど隣の席が開いていたので、俺はこっそりとメニューを拝借すると、味噌舐め星人の前に広げた。
 このモロキューって美味しそうです、あ、どて煮ってのも気になります、お兄さんはどの味噌料理を頼むつもりなんですか、私と分けっこしましょうね。どうやら、俺も味噌料理を頼むこはもう決まっているらしかった。