「魔法少女風味ミリンちゃんは働き盛りの女の子だ」


 あまり患者も居なかったおかげで、ミリンちゃんの診察の番はすぐに回ってきた。ご家族の方も一緒に入りますかと、受付よりは幾らか若そうな看護婦に聞かれたが、ミリンちゃんが背中で無言の圧力をかけてくるので、俺はその申出を断った。やれやれ、なんともおませなことで。まぁ、ミリンちゃんもそろそろ意識し始めるお年頃だからね。それに、病室までついていくというのは、少し過保護過ぎるだろう。大丈夫ですかねミーちゃん、一人で大丈夫ですかね。大丈夫さと、俺は隣でミリンちゃんの心配をする味噌舐め星人に声をかけた。大丈夫だ、ミリンちゃんは一人で医者に病状を言えるだろうし、そんな大事な病気でもないはずだ。俺はそう自分に言い聞かせた。
 待合室で味噌舐め星人と週刊誌を読むこと五分。診察室から突然看護婦が出てきた。彼女はドアの前に立って、キョロキョロとを見回すと、俺と顔を合わせるや、ミリンちゃんのご家族の方ですかと声をかけてきた。ちょっとこちらに来ていただけますか。なんだろうかと、不安に胸が鳴る。お、お兄さん、ミーちゃんになにかあったんでしょうかと、俺を不安気な顔で見つめてくる味噌舐め星人。いつまでも待たす訳にもいかず、はいと言って俺は立ち上がると、隣の味噌舐め星人の手を引っ張って診察室の中に入った。
 診察室にミリンちゃんの姿はなかった。居るのは年老いた白髪の目立つ老先生と、看護婦だけだった。まさか、ミリンちゃんもまた、何か重大な病気なのだろうか。重苦しく老先生の前に置かれた丸椅子に俺は腰かける。なんでしょうか先生、俺の妹が何か問題でもあるのでしょうか。俺は、まるで何かをごまかすように、何か言いづらそうにカルテを書く先生の背中に向かって、静かに語りかけた。うん、ありゃ、新しい患者さんかね。ほいほい、そいじゃぁちょっと舌を出してくれい。言われるままに舌を出した。すると、銀のヘラをおもむろに俺の口の中に突っ込み、老先生はマグライトで俺の喉を照らした。おうおう、健康じゃい、健康健康。風邪もひいとらんし、病気でもないぞ、なーんも心配ない、オールオーケーじゃ。お前さん、こんな状態で病院に来ても、金をドブに捨てるようなもんじゃぞい。はい、診察終わり。帰ってよいぞー。いや、いやいや、そうじゃないだろう。何を言っているんだ。ご家族に何か話があるんじゃないのかよ。医者のボケにノリツッコミする俺を、看護婦が手招きしていた。違うのよ、そうじゃないの。こっちに来てくれるかしら。彼女に誘われるまま隣の部屋に行くと、点滴を打たれているミリンちゃんが、寝台に仰向けになっていた。しかし、随分顔色が良い。なんですかお兄ちゃんさん、お姉ちゃんさん、そんな驚いたような顔をして。酷い過労による体調不良です、点滴を打っておけば大丈夫でしょう。けど、あまり子供に無理させちゃ駄目よ。なんだそれは心配して損したよ。
 点滴を終えたミリンちゃんはすこぶる調子良くなっていた。咳などもすっかりと出なくなり、目にも輝きが増したように俺には見えた。点滴一つでここまで元気になれるものかね。まさか、仮病だったんじゃと疑わしい気分にもなったが、まぁ、元気になってよかったよかった。その様子なら、ご飯も食べれそうだなと俺が言うと、うん、と、小さくミリンちゃんは頷いた。