「ビネガーちゃんは都会人」


 ミリンせんぱいで何となく想像はついた。つい先日、B太と見ていた深夜番組。その途中で流れた頭の悪いCMが頭の中で再生される。そうだ、その映像の中でメイド服を着て歌って踊っていたのは、間違いなく目の前に立っているこの女だ。ミリンちゃんの後輩。この娘もまた魔法少女風味なのかは分からないが、間違いなく彼女の顔やスタイルは、今をときめく超新星調味料系売れっ子アイドル、ビネガーちゃんその人とまったく同じであった。
 もしかして、あんた、調味料のCMやってる人、と、一応念のために聞いた。すると彼女はみるみる目を丸くして大げさな顔つきで驚いた。まるで、そんなバレないと思っていたのに、という感じで。まぁ、普通はこんな見るからに頭のおかしそうな女が、テレビにひっぱりだこのアイドルだとは、思いもしないはずだ。俺だってとても信じられなくて、こうして尋ねているのだ。日光を浴びてオレンジに輝く髪の毛を軽くかきむしり、参ったなという顔をする彼女。ありゃりゃりゃ、バレちゃったっすか、今まで一度も声か蹴られた事ないから、すっかり油断してたっすよ。変に誤魔化そうとしない辺り根は素直なのだろうか。彼女は自分がビネガーちゃんだとすぐに認めた。
 いやね、事務所の先輩がね、三日くらい前からがっつり無断で休んでくれちゃってね。お家の方に連絡したら、今、家にも居ないって言うんですよこれが。先輩はアイドルなんですけどまだ未成年でして、家出とかそういうんだったらちょっと危ないかなと、ご両親と事務所で手分けして探してる所なんですよ。アタシは先輩とコンビ組んで仕事してるもんですから、先輩が来ねえ事にはなんもできんくて。それで、こうして探してまわってる訳なんすけど、これがもうさっぱりでして。このままじゃ仕事なくって明日には餓死ですよと悩んでた所に、そういえば先輩にお兄さんが居るって話を聞かされたのを思い出してですね。女の勘と言いましょうか、もしかしたらそっちに世話になってるのかなぁと閃いたアタシは、事務所通してご両親にお兄さんの住所を教えてもらって、今日ははるばるここまで出向いて来たんすよ。
 ふぅん、困った先輩で大変だな。俺は口にしていたコカコーラを少し離して言った。そうなんすよ、大変なんすよ、先輩はもうなんというか、気まぐれで気難しくてお子ちゃまで、扱うの大変なんすよ。ほんの少しも喋るのを止めそうにない感じに、ビネガーちゃんはすぐさま頷いた。正直、そんな話はどうでもいい。なるほど確かにそういえば、ミリンちゃんが風邪を引いて寝込みだしてから、今日で三日くらいになる。その間、一度も事務所へ連絡を入れてなかったのか。まぁ、あの病状では連絡できなくても仕方ない。携帯にかけてきても、あの寝ぼすけニートの味噌舐め星人では気もつかんだろうし、ついてもどうしていいかわからないだろう。あっ、お兄さん、なんかブルブルしてます、これなんですかと、怯える表情が俺には想像できた。俺が気を利かせて、事務所に連絡を入れてやるべきだったかもしれない。
 つうわけで、今からアイドルのお兄さんの家に行くことになるんすけど、そこん所はよろしく内密にお願い出来ないっすかね。少し不安そうに尋ねる彼女に、問題ないよと、俺は答えた。だってそこは、俺の家だもの。