「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは、約束を思い出す」


 結局、押しに弱い俺はメイドのしつこい勧めを断ることができず、帰りの駄賃を受け取ってしまった。いや、果たして三万円を駄賃といって良いのだろうか。メイドのくせに感覚が現実場慣れしている。よほど酢堂が経営するこの店は給料が良いのだろう。あるいは、彼女は俺が酢堂に殴られて拉致されていたことを知っていて、不憫に思ってくれたのかもしれない。もしくは真逆に、口封じのつもりで金を渡したのかもしれない。この金で全て無かったことにしろと、そういう事なのだろうか。やれやれ、やはり貰うべきではなかった。三万の意味を嫌でも考えさせられて、頭が痛くてかなわん。考えてもしかたない、これを渡した彼女が、終止笑顔だったことを好意的に解釈し、俺はメイド喫茶から出た。いってらっしゃいませの大合唱が聞こえた。
 平日の都会の電気街は随分と寂しいものだった。首都圏の電気街は別格としても、この国で二・三を争う規模の商店街だというのに、人通りは疎らで時たますれ違う人も学生の様な風貌の人が多かった。何か買う物でもあっただろうかと店先を覗き込みながら考えたが、特にこれといったものも思い出さなかったし、これといって目を引くような物もなかった。そのまま、アーケードを突っ切って、交差点にあった地下鉄入り口の階段を俺は降りた。
 券売機の上の路線図を見るまでもなく、俺は我が家の近くを通る私鉄と連絡している駅への切符を買った。改札を通り階段を降りると、ちょうど電車が来たところで俺は女性車両に乗り込まないように気をつけて、電車に駆け込んだ。街とは一転、そこそこ人でごったがえしていた車内には、俺が躊躇無く座れる席はなく、一駅いけば乗り換えだったので立っている事にした。今回は、砂糖女史の姿は見当たらない。それはそうだろうと、俺はおかしな事を思った自分を笑う。そうこうしているうちに、乗り換えの駅についた。
 十分ほどして、オフィスビルとデパートが複数組合わさっている、目的の大型駅にたどり着いた俺は、人通りの多いビル内の往来を通り抜け、階段をを降り、私鉄ののりばにある時刻表を確認した。ちょうど、急行が出て行ってしまった所だった。次にその方面へと急行電車が出る電車は、今からきっかり一時間後。特急なら三十分後に発車するが、臨時収入で潤った財布の紐は固い。なにもそんな急ぐような事はない。今日は仕事は休みなのだ。しかしだからといって、特にこれといってしたいこともない。仕方なく俺は、来た道を再び戻ると今度は往来の流れに乗って、地下鉄のりばがある通りとは反対側、新幹線乗り場のある通りに出た。腹も減ったことだし、適当に食べ物屋でも探して入ろう。都会だけあって、通りには色々と美味そうな店が並んでいたが、貧乏性な俺が選んだのは、安くて美味いの吉野屋だった。
 そういえば、電気ストーブが壊れたんだっけ。吉野家に入り席につくや、俺は対面にある大型家電量販店を目にしてそんな事を思い出した。どうしようか、買っていこうか。いや、やめておこう。ここから家まで運ぶ労力を考えると、家の近所の店で買った方が安い。思い出すついでに、昨晩醤油呑み星人と待ち合わせしていたことを俺は思い出した。あの女の事だ、次に会った時はなぜドタキャンしたのと五月蝿く言うに違いない。少し鬱になった。