「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは、それでも心配性」


 ミリンちゃんは何も答えなかった。扉からは返事は聞こえてこなかった。まさかこんな形で家を追い出されることになるとは。いや、なんとなしに、元気になったミリンちゃんが、俺を部屋から追い出しにかかることは予想していたが、こんなに早いとは思わなかった。風邪が治る前に追い出しにかかるとは思わなかった。彼女が言ったとおり、俺は少し油断していたようだ。
 とにかく、出て行って、欲しいのです。もう、帰ってこないで、欲しいのです。それだけ言うと、ミリンちゃんは扉の前から離れ、布団へと戻った様だった。布の擦れる音がする、どうしたものかな、と、俺はほとんど焼け落ちたタバコを咥えて、残りを一息に吸って燃やしきった。携帯灰皿に、茶色く染まったフィルターを押し込める。まだ、こっちに入ってるタバコの吸殻の方が、いくらか先が残っている。まったく、酷いヘビースモーカーだな。
 頑固なミリンちゃんにこれ以上いくら交渉しても無理だろう。味噌舐め星人が起きて、また俺を手引きしてくれるのを待つしかない。と言っても、ミリンちゃんは風邪を引いているから、外に仕事に出ることはない。いや、プロ根性の逞しいミリンちゃんならば、体の不調を押して仕事に出る事もあるかもしれない。なんにせよ、やはりミリンちゃんがあの部屋に居る限りは、俺は中に入ることはできそうにない。しかし、前に追い出された時と違い、心配だったのは服や寝床の事ではなく、ミリンちゃんの健康の事だった。
 俺を追い出す程度に回復したのは良いが、いつまた悪化するとも分からない。味噌舐め星人はあまり頼りにはでいないし、冷蔵庫の中身は相変わらず空っぽだ。昨日味噌舐め星人が作った、味噌雑炊なぞ食わされていたら、栄養が偏って、せっかく調子が良くなったというのに、風邪を悪化させてしまうのではないだろうか。しかし、いくら心配しても、部屋の外の俺には、雑炊を作ってやる事も、おかゆを作ってやる事もしてやれない。ミリンちゃんの体の具合だって見てやれないし、氷枕で頭を冷やしてやる事もできない。
 今の俺がミリンちゃんにしてやれる事はなんだろうか。真っ先に頭に思い浮かんだのは、やはり食事の手配だった。俺は近くのコンビニまで歩くと、そこでお粥のパックと、味噌舐め星人用にインスタントみそ汁をいくらか購入した。この時間、開いているのはコンビにくらいとは言え、スーパーで買えば十円から三十円は安いそれらを買うのは少なからず抵抗があったが、ミリンちゃんの健康を考えれば安いものだ。ついでに、熱冷まし用の湿布と、俺の朝食にサンドウィッチを買って、俺はコンビニを出た。サンドウィッチとおしぼりだけを抜き取り、部屋の前に帰ると、俺はノックをする。はい、誰ですか、今はお留守さんで、部屋には誰も居ないですよ、セールスはお断りなんですよ。間延びしたどうにも頼りない返事が今度は部屋から帰ってきた。俺だ、朝食と湿布を買ってきた、開けてくれ。あぁ、お兄さん、よかった、帰ってきてくれたんですね、みーちゃんが追い出して、どこへ行ったのかと心配していたんですよ、今開けますね、ちょっと待ってください。いやいいよ、このままでと。ドアノブに食料が入った袋かけておくから、後はお前が上手く看病してやってくれ、それだけ言うと俺は部屋の前から去った。