「魔法少女風味ミリンちゃんは、熱が出てもお兄ちゃんが嫌い」


 目覚めてすぐに股間に手を入れて状態を確認した。幸いな事に無残な事にはなっていなくて俺は溜め息をついた。どうにもここ最近、淫夢を見る回数が多くて心臓に悪い。加えてミリンちゃんが隣で寝ているのも、精神的に非常に辛かった。隣で妹が寝ているというのに、栗の花の匂いを部屋中に漂わせる訳には行くまい。それを言ったら、味噌舐め星人も妹なのだが。
 味噌舐め星人とミリンちゃんはまだ静かに寝息をたてていた。朝の六時。起きるのにはまだ少し早い時刻だ。ただ、二度寝する気分にも俺はなれず、布団を味噌舐め星人に譲ると立ち上がり、スニーカーを履いて外に出た。目覚めの一服といこうじゃないか。昨日買ったばかりのケースを、ズボンのポケットから引き抜くと、タバコを抜き出して百円ライターで火を点けた。起き抜けに一服とは、体に悪いことを俺もするようになった。そう言えば、昨日は気づかぬうちに三本もタバコを吸っていたっけか。気づかぬうちに、タバコに依存してきているのかもしれない。ヘビースモーカーまで後一歩という所だろうか。タバコを口から離すと、俺は煙を吐きながら自嘲した。
 そもそも、タバコを俺が吸い始めた理由はなんだったのだろうか。ふと、そんな事を俺は考えた。考えなければいけない気分になった。何か嫌なことがあった様に思う。その寂しさを紛らわすために、タバコに逃げた。なんとなく、そんな気がした。なぜかはっきりとした理由が俺には分からない。おそらくその嫌なことというのは、どうしようもなくどうでもいいこと、例えばうちの母親の神経質であるだとか、父親の中途半端な亭主関白に対する憤りのようなものなのだろう。もしくは、本当に忘れ去ってしまいたい心のトラウマで、自分を傷つけないために、忘却してしまったのかもしれない。なんにせよ、分からない事には分からないだけの意味があるはずだ。無闇にそこに突っ込んで、疲れるのも馬鹿馬鹿しく、それ以上考えるのを止めた。
 部屋に戻って朝食の準備をしよう。そう思った時だ、俺の後ろで錠が締まる音がした。まさかなと、俺は自分の部屋のドアノブを握る。回らない。鍵はどうしただろうかと思考をとっさに思考を回らした。タバコと違い、鍵はジャケットの中に入れたままだった。やられた、締め出されてしまった。しかし、いったい誰が。決まっているさ、魔法少女風味ミリンちゃんだ。
 お兄ちゃんさん、油断しました、ね。ミリンが風邪だからって、油断しました、ね。甘々です、甘ちゃん、です、お兄ちゃんさんは、そんなだから駄目なのです。ここは、お姉ちゃんさんと、ミリンの、お家なのです。だからお兄ちゃんさんは、帰ってきたら、駄目なのです。いや、帰ってくるな。
 ミリンちゃんは勤めていつもの調子で振る舞っている様子だったが、声は明らかに掠れていたし、途切れ途切れだった。昨日よりは立って歩けるだけ幾分か調子は良くなっているようだが、それでも、風邪はまだ完治していない。なにを言っているんだよ、はやくここを開けろと、俺は扉向こうのミリンちゃんに言った。嫌なのです、絶対に、開けないのですと、ミリンちゃんは息をきらしきらし健気に反抗した。維持を張っている場合か、風邪辛いんだろう、こんな時くらい俺を頼れよ、なにをそんな強がってるんだよ。