「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんはカルシウムが足りない」


 倉庫の奥に設置された簡素な事務室から店長は自宅へと電話をかけた。一目に固そうだと触り心地が想像できる事務机を前に、受話器を耳に押し当てながら店長は二・三度頷いた。形が崩れたのであれば、売り物にもならないしタダで良いってさ。どれくらい欲しい、五パックで良いかな。事務机から俺の方へと顔の向きを変えて店長が言った。いくら売り物にならないとはいえそんなに貰うのは悪い。一パックでいいよと伝えたくて、俺が人差し指を立てると、店長は頷いて事務机に顔を戻した。二パックお願い、なんか遠慮してるみたいだから、多めに詰めちゃって、それじゃぁ。おいおい、一パックで良いって言ってるじゃないか。指定した数より一つ多い注文に、思わず店長に詰め寄ると、うざったい笑顔を彼は俺に向けた。なにもそんなに遠慮することないじゃないか、僕と君の仲じゃない。妹さんが風邪なんだろう、僕の家の苺で元気がでるって言うんなら、いくらでも持っていってくれよ。
 押し付けがましい奴だなとは思ったが、今日はその押し付けが少しありがたかった。多少強引ではあるが、店長は店長なりに俺の事を心配してくれているのだ。ところで、君の所の妹さんって昨日店に来てた子だよね。昨日の感じじゃ、風邪ひいてる様には見えなかったけれど、なにかあったの。いやいや、彼女じゃないんですよ。実はもう一人小さな妹が居て、そっちの方が風邪をひいたんですよ。ふぅん、小さな妹ね、と、店長はなんだか興味を押し殺したような調子で俺に言った。なんだか、嫌な予感がする、というよりも悪寒がする。良いねえ、二人も妹居るとは羨ましいね。どっちか一人でも譲ってもらいたいくらいだよ。ちなみに、その下の妹さんは今何歳なの。鼻の下を伸ばしに伸ばして期待の視線を向けてくる店長に、俺は先ほどの感謝をできることなら返して欲しいと切に願った。別に、彼は俺の心配をしている分けでもなく、ミリンちゃんや味噌舐め星人の心配をしている分けでもなく、ただただ、格好をつけて恩を売り、あわよくば俺の妹とお近づきになりたいだけだったようだ。ええい、この下心大王め。醤油呑み星人の事はどうするんだよ。呆れを通り越して頭痛がしてきた。とりあえず、彼の伸びきった鼻の下を元の長さに戻すため、なーに、まだ中学生くらいですよと俺は無情な答えを店長の問いかけに対して返した。なんだい、それじゃまだまだお子ちゃまじゃないか。残念。まぁけど中学生か、それくらいがかわいい盛りだよね。生意気盛りでもありますけれどねと、冷淡に返事をしながら、俺は店長が残念とつぶやいたのを聞き逃さなかった。残念ってなんだ、残念て。
 ねぇちょっと、あんたたち早く用事済ませてこっちに戻ってよ。そろそろ学生がわらわらと来る時間なんだから。倉庫の入り口から醤油呑み星人の大声が聞こえてくる。はいはい、すぐ行くよと、受話器を置いた店長が倉庫の入り口に向かい叫んだ。彼女お怒りのようだ、さぁ、仕事仕事と俺の前を店長が通り過ぎる。ありがとうございますと、小さな声で俺は彼の背中に礼を言った。下心があったとはいえ、助けて貰った事には変わりはない。得意顔で振り向く店長の顔は憎たらしく思えたが、それはそれこれはこれだ。いいからいいから、それより、そろそろ落ち着きなよと、店長は俺に言った。