「店長の父、軽トラに乗って颯爽とあらわれる」


 仕事を終える一時間前に、店長の父親が店に来店した。手には真っ赤に熟れたいちごが詰まった透明なパックが二つ。とても売り物にならない様には思えず、良いんですかと思わず尋ねると、店長の父は豪快に笑った。まぁ、素人目には分からんだろうがな、こいつじゃ、ショートケーキの上に載せるにしては不釣り合いなんだよ。ケーキの上に載せるのに丁度いい大きさってのが、いちごにもあるのさ。そんな物なのだろうか、何となく店長の顔を見れば、流石は親父良い事を言うなという感じに、店長は頷いていた。
 急な注文にも関わらず店まで持ってきてもらったのだ、タダで貰う訳にはいかないだろう。財布から千円札を取り出すと、俺は店長の父に渡した。しかし、店長の父はそれを受け取ろうとはしなかった。いいから、気にしないでくれ。それよりも、これからも息子と仲良くしてやってくれないか。三十過ぎた息子の心配をするとは、やはりこの人も案外に良い人の様だ。やれやれ、いったいぜんたいまたどうして、こんな二人から店長の様なろくでなしが生まれてくるのか。早く人類の遺伝子を解明しなくては、更なる悲劇を生むことになるのは請け合いだな。俺は無言で店長を見つめては、そんなことを思った。なんだよ、そんな目で見つめて、気持ち悪いな、止めてくれよ。何故だかその頬を赤らめる店長に、寒気と共に嫌気が俺の体を襲ってきた。
 アルバイトの子と入れ替わりで俺は店を出た。シフト表では一時間後にはB太が入る予定だ、店長とバイトの子だけだが、一時間位は二人でもきっと大丈夫だろう。そう思って店を出た矢先、後ろからけたたましい衝撃音が聞こえてきたが、俺はあえて聞こえていないことにした。こうしている間に、ミリンちゃんの容体が悪くなっているかもしれないと思うと、兄としてとてもではないが気が気でならない。そういう事にして、俺は自転車の前籠にいちごを載せると、一度もろくに振り返らずにコンビニを後にした。
 あぁ、お兄ちゃん、さん、お帰り、なさい。家に帰ると、手に持ったいちごの様に赤い顔をしたミリンちゃんが、テレビ番組を見ながら俺が帰宅するのを待っていた。一方で味噌舐め星人はと、ミリンちゃんの指先を追うと、台所と居間の境目に力尽きて倒れてしまっていた。まったく、風邪をひいた彼女の面倒を見てくれるんじゃなかったのか、俺は複雑な気分になった。
 ほれ、夜食だ、起きろよお姉ちゃんさん。うぅんと、低い唸り声をして、お約束中のあと十分だけをすると、味噌舐め星人は、きつく自分の掛け布団にしがみついた。この状態になった彼女を布団から引き離すのは難しく、俺たちは、しかたなく彼女に内緒でいちごを食べた。これ、とっても甘いですね。すごく美味しいです。こんな甘いいちご、初めて食べましたよ。ミリンちゃんは店長家のいちごを絶賛した。俺もまた、一口食べてその味を誰かに伝えたくなった。いや、他の市販されているいちごと比べ極端に何が違うと言われても、今ひとつ答えはないのだが、それでも、店長の顔を思い起こすと、三割ましに思えるから不思議だった。コンビニの仕事は出来ないが、優秀な人材はやたらと揃えてくるし、作る野菜や果物は美味しい。本当は、店長はすごい能力を持っている。だが、もう少し使いどころと、使い方を考えればなと、俺は思った。