「魔法少女風味ミリンちゃんは、いちごをご所望だ」


 それから味噌舐め星人は俺からスプーンを奪い取ると、甲斐甲斐しくミリンちゃんの口におじやを運んだ。どことなく俺が食べさせていたときよりうれしそうな顔をするミリンちゃんに、俺はなんとも言えない苛立ちを感じずにはいられなかった。そんなどうしようもない憤りを喉奥に沈み込ませて、俺は味噌舐め星人の作った味噌汁を啜る。口に含むや否や、あまりの塩見の濃さに口から唾液が吹き出た。インスタント味噌汁でこんな味になるのか、いや、なるはずがない。おそらくは冷蔵庫の中にあるパック味噌を、勝手に追加したのだろう。やれやれ、加減という物が分からないのだろうか。やはり、こんな奴に大切な妹を任せる訳にはいかない。いかない、が、俺は今日も今日とてコンビニで仕事である。頼りない妹も心配だが、頼りない店長も心配だったし、この家の家計を支えるには、俺がしっかり働くしかない。
 結局、俺は残っていたおじやに、水とご飯を追加投入してかさ増しする事にした。温めるくらいなら、いかに料理下手な二人でもできるはずだ。かといっておじやばかりでは栄養が偏ってしまう。なにか、消化がよくて栄養のあるものを食べさせた方が良いだろう。おじやを作り終えた俺は、味噌舐め星人にミリンちゃんの昼食についての指示を与えると、ミリンちゃんの前にしゃがんだ。わしわしと彼女の頭をなでつけて、何か食べたい物はないか、仕事の帰りに買ってきてやるぞと彼女に尋ねた。そんな風にミリンちゃんの頭を撫でるのは何年ぶりだろうか。少し、ミリンちゃんも戸惑った顔をしていた。俺も少なからず、顔がこわばるのを感じた。おかしな兄妹だと思う。
 優しいふりが上手ですねお兄ちゃんさん。買ってくる気なんて最初からないくせに。知ってるのですよ、分かってるのですよ、外に出たらお母さんやお父さんに連絡するのでしょう。迎えにこいって。ミリンなら大丈夫なのです。お姉ちゃんさんがしっかりとお世話してくれるので、大丈夫なのです。心配いらないのです。心配いらないのはお前だ、そんなことはしないよと、俺は言った。今度はミリンちゃんの顔から目を逸らさなかった。正直な所、やはり母さんにミリンちゃんの事を伝えようという気持ちは少なからずあったし、そうしないと言いきれるほどの自信もなかった。ミリンちゃんの言うように、家を出て散歩歩けば公衆電話に入って、ミリンちゃんが風邪を引いたから迎えに来るよう事務所に言えと連絡するかもしれない。あるいは、ミリンちゃんとの約束を守って、俺は誰にも電話をかけないかもしれない。そんなあやふやな精神状態にも関わらず、俺はミリンちゃんの顔を、その小さく可愛らしい巨峰のような瞳を見つめてみせた。分かったのです、信じるのです、けどけど、嘘ついたら、お姉ちゃんさんに頼んで、針千本を飲まさせますから、覚悟してください、なのです。ミリンちゃんは、少し元気を取り戻した顔で俺に言った。それだけの憎まれ口が叩けるなら上等だ。やれやれしかし、こうもあっさりと事が進むとなると逆に恐ろしいね。俺には人を騙す才能でもあるのだろうか、詐欺師にでもなった方が良いかもしれないな。
 それで、ミリンちゃん、何が食べたいんだ。いちご、いちごが食べたいのです。よし、分かった、必ず買ってきてやるよと、俺は胸の中で言った。