「味噌舐め星人の安眠」


 絵の具を水の中に落としたように不確かな輪郭が漂うまどろみを抜けて、俺は微かに重たく感じられる瞼を上げた。噛み殺すよりも早く、欠伸が口を通り抜けて行く。今は何時だろうか。持ち上げようとした頭が、何者かに搦め捕られる。夕日も沈みきり、一切の光の入ってこない部屋の中、暗闇に目を凝らすと隣に味噌舐め星人の幸せそうな寝顔があった。どうやら、俺が寝ている間にくっついてきたらしい。ピンクの唇に涎を滲ませて、むず痒そうに眉毛を動かすその顔を、俺は懐かしく思った。やはり、味噌舐め星人に俺は毒されつつある。別に、その毒が回った所で、どうという話なのだが。
 彼女の肌の温もりを心ゆくまで感じた後、俺は整った寝息を立てる味噌舐め星人を起こさぬよう、そっと彼女の腕の中から抜けた。そして、起き上がると再び時間を確認しようと辺りを見回す。暗闇の中に響く音を頼りに、壁掛け時計を見つけた俺は目を凝らす。まだ日が暮れてそう立っていない時間を、時計は示していた。夕飯にするにはちょうど良い塩梅だ。俺は派手な足音を立てぬよう注意しながら、台所へと向かう。家事のできない味噌舐め星人と、俺の記憶ではろくでもない料理しか食べさせてもらったことのないミリンちゃんでは、その食生活はおおよそ先進国とは思えない惨状らしい。柄まで真っ黒に焦げたフライパン、溶けて歪んだプラスチックボウル、積み重ねられたカップラーメンの容器に、味噌ラーメンの袋、掛けたどんぶり。今や国民的CMアイドルとして、一応は収入のあるミリンちゃんである、子供とはいえやったことに対する落とし前はきっちり付けてもらおうと、俺は溢れかえった台所を眺めながら思った。とりあえず、袋はゴミ箱に捨てよう。
 冷蔵庫の中身はあらかた食い尽くされていて、たまごしか残っていなかった。本当に、これでどうやって今まで生活してきたのだろう。冷凍庫の中に刻みネギが詰まった袋を見つけた俺は、ふと炊飯ジャーの中身を確認した。多少粒は固いが、まぁ食えないことはない。炊飯ジャーで米を炊けるくらいは、なんとか彼女達も近代化に成功しているらしい。俺は原始人でもそこそこ美味しい米が炊ける、近代文明の象徴たる炊飯ジャーに感謝しながら、米を皿に山盛りによそった。今日の夕飯は久しぶりにチャーハンで行こう。
 味噌舐め星人が現れてからというもの、どうにも味噌料理ばかり食べていていけない、作っていていけない。すっかりとチャーハンを作る手際も鈍ってきたなと、俺はフライパンの中の米と卵と刻みネギを、空中に浮かせながら思った。彼女が部屋に来るまでは、朝昼夕と三食チャーハンなんていう日も珍しくなかったが、今では健康的に、三食みそ汁という日の方が多い。別にそれが嫌と言う分けではないが、まぁ、たまには違う物も食べたくなる。十分に火の通ってきた具材に、塩と胡椒、鶏ガラスープを振り入れる。
 なんですか、良い匂いがしますね、なんですか、何か作ってるんですかお兄さん。眠たそうに目を擦りながら顔をこちらに向けて、味噌舐め星人が尋ねてきた。チャーハンだよ、残念ながら味噌料理じゃないが、食べてみるかと言うと、なんでも味噌を上にかければ食べれますよと、元気に彼女は言った。やれやれ、まぁ、お前ならばそう言うと思ったよ、このいやしんぼ。