「味噌舐め星人の退屈」

 ねえお兄さん、退屈です。なにか面白いことないですか、このままじゃ退屈で退屈で死んでしまいますよ、お店の中心で退屈死してしまいますよ。そうか、寂しくて死んだり退屈で死んだり、うさぎさんは大変だな。俺は味噌舐め星人の目から発せられる構って光線を見ぬ様に顔を背けながら、そっけなく言った。もうっ、そんなお仕事ばっかりして、本当にお兄さんは堅物ですね、ユーモアのない人ですね。お前には負けるが、人並みにユーモアは持ち合わせているつもりだ。一般常識のなさではお前に負けるが。仕事中なんだから邪魔するな、大人しくしてろって言ってるだろ、怒りを声に滲ませて俺が注意すると、味噌舐め星人はしょぼくれて大人しくなるのだが、気まずい沈黙に耐えかねて、フォローがてらに声をかければ、一分もかからず元に戻った。醤油呑み星人が居てくれたら、俺の代わりに少しは相手をしてくれたかもしれない。しかしながら、既に彼女は店を去り、今夜の夜勤に向けてアパートで充電中である。そんな彼女を、子供の相手にわざわざ呼びつけるのは、個人的にも仕事的にも忍びなかった。そんなこんなで、不毛なやりとりを何度も繰り替えしている内に、いつしか仕事の終了時刻になっていた。
 あっ、あっ、やっとお仕事終わりですか、お仕事終了ですか。給湯室に入ると味噌舐め星人が居るのも気に留めず、おもむろに制服を脱ぎ俺は私服に着替えた。あぁ、終わったよ、それじゃ久しぶりに帰るか、我が家に。元気よく、外に聞こえそうな大声で、はいっ、と味噌舐め星人が答えた。屈託なく満面の笑顔でそんなことを言われては、少なからずむず痒く、俺は照れくさくて頬をかいた。さぁさぁ帰りましょう、すぐに帰りましょう。俺の腕をとり力一杯引っ張る味噌舐め星人。彼女のしたいようにさせることにして、俺は引っ張られる力に誘われるまま給湯室を出て、コンビニを出た。レジに立つ店長とB太の明らかに俺達に向けられた笑い顔に腹が立ったが、まぁ、大目に見るとしよう。なんといっても、久しぶりに家に帰れるのだから。
 コインロッカーに預けている、ここ数日間の洗濯物を回収したりしていたため、少し時間がかかったが、日暮れ前には俺たちはアパートについた。目の前にある部屋の窓からは、少しの明かりも漏れておらず、夕日よりも濃い暗闇が擦りガラス越しに満ちているのが分かった。どうやら、ミリンちゃんはまだ帰ってきていないようだ。もしかしたら、電気を点けていないだけかもしれないし、寝ているだけかもしれないが、俺はなんとなくそう直感して自分の部屋に鍵を差し込んだ。俺の直感は正しかったようで、中に入ると、そこにはミリンちゃんの姿は畳の上にも布団の上にも、どこにもなかった。
 洗濯籠に自分の服を放り込むと俺は布団へと飛び込んだ。久しぶりに触れる俺の布団は柔らかく、店長家の布団のようにカビ臭い匂いはしなかった。ひとしきりその感触を楽しむと、ふと籠の中の洗濯物を見る。せっかく醤油呑み星人に持ってきてもらったが、無駄になってしまったか。いや、またいつミリンちゃんに追い出されるとも分からない、今日もたまたま彼女が居なかったから部屋に入れたが、もしかしたら家に居た可能性もあったわけで。
 そこまで考えてあくびが出た。まぁいい、とりあえず、少し眠ろう。