「店長、部下にシャワーを浴びていくように誘う」


 B太と店長と俺は揃ってリビングへと向かった。朝というには随分と日が昇っている中、俺たちは店長の母が用意してくれた朝食を食べた。相変わらず根菜類中心の綾里だったが、酒をたらふく飲んだ次の日の胃には、このくらいがちょうどいい。赤味噌の汁に浸った熱いジャガイモを食べると、なんだか不思議と落ち着いた気分になった。やはりみそ汁は具沢山な方が良い。
 それじゃ、俺、家に帰って服着替えてきます。店長、夕食朝食と、どうもごちそうさまでした、ご両親にもよろしく言っといてください。朝食を食べ終えたB太は、そう言ってそそくさとリビングを後にした。まるで、店長の家族、特に店長の母を避けるようにして、忙しそうに、しかしこっそりと。気持ちは分からないでもないなと、俺はB太の背中を廊下の突き当たりまで見送った。そう言えば、君は着替えはどうするつもり。あとお風呂も。たぶん、昨日は体洗ってないよね。よければ、うちのお風呂にでも入っていく。
 いや、それは悪いよと、俺は店長の誘いを断った。本当は、明らかに皮膚に汚れが纏わりついているのが分かり、今すぐ風呂に入りたくて仕方なかったのだが、昨日、彼の母親からの誘いを断っている手前、入りますとは軽々しく言えなかった。着替えは昨日醤油呑み星人に持ってきて貰ったんで、コンビニに行く途中にでも銭湯に寄って、体洗いがてら着替えてきますよ。いやいや、銭湯なんてゆっくり浸かってる時間、もうないでしょう。良いからシャワーくらい家で浴びて行きなよ、そんな減るもんじゃないんだし。それはもちろん、貴方は減ることはないのだが、俺の羞恥心は減るというか。他人の家で湯を借りるのは、やはりどうしても納得できぬ抵抗があった。
 いいから入っていきなさいな、もうバスタオルも用意しちゃったから。不意にリビングに店長の母が入ってきて、俺たちは驚いた。あら、人数が一人足りないわね。そう言えば玄関からスニーカーが一つ消えてたけれど。もしかして、あのモヒカンさんはもうお帰りになったのかしら。は、はい、と俺はどもりながら答えた。あら、そうなの、せっかく彼の分のバスタオルも、タンスの中から引っ張り出してきたのに、残念だわ。店長の母はひどく残念そうな表情をしてため息を吐いた。本当になんともまぁ、気の利く人だ。
 まぁ、ここまで準備しちゃったら、もう片付ける面倒は一緒だから、入っちゃってちょうだいよ。店長の母はとっつきやすい笑顔を俺に向けると、俺の後ろに回り込んで、力を込めて背中を押した。見た目からしていい歳なのにどこからこんな力が出てくるのだろうか。あれよあれよと、俺はリビングからはじき出される。本当に押しきられる形で風呂場に押し込まれてしまった俺は、これはしかたないなと諦めて、店長と店長の母にお礼を言うと、ありがたく風呂に入らせてもらうことにした。まるで自分の事のように喜ぶ二人。なんともまぁ、俺の周りには、この人たちも含め世話焼きが多いな。
 服を洗濯機の上に置いて、俺は風呂場に入った。ベージュのタイルは冬の夜の洗礼を受けて張り付くように冷たく、少し股間が縮み上がった。はやくシャワーを浴びて温まろう。俺は早速蛇口を捻ると、熱いお湯を浴びた。
 一日ぶりのシャワーは、可もなく不可もなく、程よく気持ちよかった。