「店長、父を召喚する」


 濡れた体を店長の母が用意してくれたバスタオルで拭き上げて、醤油呑み星人に持ってきてもらったシャツに手を通す。三日分もあれば、まぁ、ミリンちゃんも諦めて帰ってくれるだろう。袋の中を覗き込み、詰まった着替えから、ここ数日の服のローテーションを考える。下着の数が少ない気もするが、まぁ、なんとかなるだろう。袋の口を蝶々結びに縛ると、俺はすがすがしい気分で脱衣所の外に出た。やはり濡れた手ぬぐいで体を拭くのと、シャワーを浴びるのとでは、清潔感というか爽快感に雲泥の差があるな。まぁ、昨日のアレは場所も場所だったし、そもそもこの寒い中、水で濡らしたてぬぐいで体を拭うなんんて苦行もいいところだ。そりゃ、比べるまでもない。
 お、やっと出てきたね、待ちくたびれたよ。脱衣所を出たところには、着替えを持った店長が待っていた。僕も出勤前に浴びていこうと思ってね。食べ物なんかも扱ってるから、汗臭くっちゃお客様に悪いものね。まぁ、そういう所に気を使ってくれるのは大いに結構だが、できれば仕事中にも気づいてほしい。カウンターが混んできたら助けに入るとか、カップラーメン以外にも減ってきた商品を補充するとか、おでんの仕込みとか肉まんの仕込みとか、色々日常業務の中で気をつかうことは多いだろうに。やれやれと、俺がため息を吐くと、店長は何が何だか分からない様子で横に首を傾げた。
 あ、そうそう、コンビニまで車出すから一緒に乗ってきなよ。とりあえず僕の部屋で漫画でも読みながら待ってて。おいおい、シャワー浴びてくるから部屋で待ってて、ってか、勘弁してくれよ、俺にはそんな趣味はないっての。痛み出した眉間を抑えている内に、店長は俺が出てきた脱衣所の扉の向日へと消えた。言われたとおりに、彼の部屋で待つというのは、なんだかとても癪だし気が引けたが、それ以外に行く場所も無さそうなので、俺は仕方なく廊下を、昨日今日と過ごした店長の部屋に向かい歩き出した。二日も世話になれば、勝手知ったる我が家も同然。迷うことなく部屋にはついた。
 本棚に並んだタイトルは以外にもまともな物が多く、伊坂幸太郎だとか東野圭吾だとかが並んでいた。俺の中のイメージとしては、店長は西尾維新だとか入間人間だとかを読んでいそうな気がしたのだが、電撃文庫はおろか講談社BOXすらその本棚には見つからなかった。まぁ、店長がシャワーを浴び終えるまで物の数分、小説を読んでいる暇などない。こうなったら漫画だなと思い、下の棚を探すと、横山光輝三国志横山光輝のバビル二世と横山光輝徳川家康横山光輝のあばれ天童と、横山尽くしで棚が埋まっていた。どれだけこの人は横山光輝が好きなんだよとあきれながら、俺は読んだことも聞いたこともないあばれ天童を手に取ると、近くの椅子に腰かけた。
 へぇ、あばれ天童を読んでるのかい、それを選ぶとはなかなかにマニアックだよ。いや、別に、適当に引いただけだけれど。店長がきたので、俺はあばれ天童を読むのを中断し、本棚に戻した。さて、車で行くにしてもあまり悠長な事してる時間はないですよ。そうだね、それじゃさっそく行きましょうか、と、その前に。そう言って、店長は何を思ったか、部屋の窓を開けると、正面に広がる畑に向かい、大声で叫んだ。父さん、車、出してぇっ。