「塩吹きババアは誘惑する」


 まったく知らない人に欲情した。それを聞いたとき俺は、ふと、昨日の夜にB太が寝言で口にした、塩舐め星人さんという名前を思い出した。塩舐め星人。塩吹きババアの気配を感じた夜に聞けば、なんとも意味深な名前である。何度か俺も塩吹きババアの淫夢に悩まされたことがあるだけに、何度も夢現の狭間で彼女の主管によって快楽の際へと誘われたことがあるだけに、もしやB太の夢に現れたその見知らぬ人とは、塩吹きババアなのではないかと俺は勘ぐった。しかし、仮にその人が本当に塩吹きババアだとして、なぜ彼女は、自分を知らぬB太の夢の中に現れ、淫夢を見せたのだろうか。
 節操ないね。僕なんかは君くらいの時には、好きな人気アイドルの夢とかよく見たよ。まったく知らない人の夢でそうなっちゃうなんて。あ、もしかしてそれで昨日は帰りたがってたのか。なるほど、若いからすぐ溜まるものね。朝からそんな下品な話をするなよと、俺はため息をついた。必死になって、いえ、今日はたまたまなんですよ、別に欲求不満とかそういう訳じゃないんですよと、店長に弁明するB太にとりあえず落ち着けよと俺は言った。で、少し聞きたいんだけれど、夢に出てきたその見知らぬ女ってのは、いったいどんな奴だった。なにを聞いているんだこいつは、という感じの表情をして、店長とB太が俺を見返してきた。それでも俺は、塩舐め星人を夢の中に見たというB太に、その正体を確かめない訳にはいられなかった。
 そうですね、とても不思議な格好をしていました。この季節に真っ白のワンピースを着て、真っ白な肌をしてました。髪も真っ白で、なんだか少し不気味な感じのする女の人でしたね。歳はそうですね、顔には小皺が幾らかありましたけれど、そんなに老けているって感じではなかったです。身長だけで考えたら、中学生から高校生くらい。あっ、待ってください、そんな、別に俺がそういう趣味とかそういう訳ではなくってですね。だって仕方ないでしょう、彼女ったら前触れも何もなしにいきなり咥え込んで来たんだもの。
 頭の中で構築されていく映像には既視感が伴っていた。あるいは、俺の過去の記憶を元にして、その映像が構築されているのかもしれなかった。なんにせよ、俺にはB太の夢の中に出てきたという女性の顔をありありと思い描く事ができる。人を食ったような笑顔と、どこか古めかしい口調、光の中に溶けてしまいそうな輪郭のおぼつかない不思議なその姿。塩吹きババア。俺は、B太の夢の中に現れ、彼に手ずからの淫夢を見せた者を、俺を度々淫夢とも現実とも分からぬ淫らな世界へ誘い、悩ませた女妖怪とを結びつけた。
 ふぅん、それで、その娘は美人さんだったの。なんか、ビジュアルを聞く分にはすごくそそられるんだけど。店長が少し羨ましそうな顔をして、少し下品な質問をした。それはもう、目も覚めるような美人でしたよ。あんなのは、現実でもそうそうお目にかかれないですね。下手なアイドルよりよっぽど可愛かったです。そうかい、そんなに美人だったなら、すぐに起きればよかったのになと、俺は口に出さずに毒づいた。まぁ、ミリンちゃんに欲情されるよりは良かったな。塩吹きババアは、所詮そういう妖怪だったし。そう思いながらも、俺はなぜだか、B太に対して強い腹立たしさを感じていた。