「B太、ミリンちゃんについて熱く語る」


 それからB太はミリンちゃんについて俺に熱く語って聞かせた。赤ちゃんだった頃から子役として映画やドラマの端役に出ていたこと。五歳の時に親の後押しもあって、本格的に芸能界で活動し出したこと。そこそこ名の通った劇団にも入り、役者としての訓練も始めたこと。人材が充実している子役業界の中で、ミリンちゃんの立ち位置は明日をも知れぬ危ういものであったこと。もはや子役としての活動に限界を感じていた時、今でも世話になっている食品会社のみりん風味調味料のイメージガールとして起用されたこと。CMの奇抜さと愛らしさで、みりん風味調味料のイメージガールとして、全国的に子役として認知されるのにがなどなど。B太は時に手に汗を握り、時に唾を俺に吐きかけて、大きな声でミリンちゃんの魅力を語った。どうですか、先輩、ミリンちゃんはね、ミリン風味調味料のCMだけをやってるわけじゃないんですよ。苦労してるんですよ。それでも、さっき言ったようなことを、彼女に向かって言えるんですか。うん、言える、と言ってやりたかったが、それを言うにはミリンちゃんの日頃の俺に対する酷い扱いを語らなくてはならず、必然、俺が彼女の兄であるということを明かさねばならない。別に知られた所で俺はどうということもないのだが、ミリンちゃんがこの手の事には五月蝿い。なにより、このやけに子役について熱く語るパンクロッカーに、ミリンちゃんに会わせてくれなどと頼まれたら、どうすればいいのか。まぁ、真面目なB太に限って変な事はしないだろうが、それでも、一抹の不安を感じてしまう。あぁ、うん、そうなのか、彼女がそんなに頑張ってるとは知らなかった。俺は無難な返事をしてこの話を切り上げる事にした。
 番組も終わり、醤油呑み星人を家まで送っていた店長も帰ってきた。寒空の下を出かけて来たにしては、やけにほくほくとした顔色をしている店長。なにかいいことでもあったのかと聞くと、醤油のみ星人の家にあげてもらって、お茶を飲んで来たのだという。おいしい紅茶だったと夢心地といった表情で空を見上げて言う店長。紅茶一つでこうも幸せになれる奴も珍しい。
 どうするB太くん。よかったら君も泊まっていくかい、今から家まで歩くのはちょっと辛いだろう。上機嫌な店長は、上機嫌な調子でB太に尋ねた。いやいや、悪いですよ。呼ばれてもいないのに突然お邪魔して、すき焼き食べさせてもらっておいて、この上さらに泊まっていくだなんて。遠慮するなよ、隣でまだビール飲んでる奴も泊まっていく予定なんだから。俺は、そう言ってグラスに残っていたビールを飲み干した。はぁ、そうなんですか。
 困惑した表情で俺と店長を交互に見るB太。なんだ、何か今日は泊まっていくと困るようなことでもあるのかと俺が尋ねると、慌ててB太は顔を振って否定した。そんな、予定があるような人間なら、うちでバイトしてないっす。そうだよな、お前、今まで一度だって振られたシフト断ったこととかないもんな。そうだっけと、仕事を割り振っている店長が間抜けな顔をした。
 分かりました。それじゃ泊まっていきますけど、先輩も店長も、明日は自分ら三人揃ってシフト入ってるの、分かってますよね。あっと、俺と店長は顔を見合わせて声をあげた。そういえば、明日はそんなシフトだったけか。