「店長、女性を家まで送り届ける」


 あっという間に鍋の中は空になった。俺もB太もよく食べたが、やはり醤油呑み星人が最も多く箸を動かしていたように思う。泥棒も裸足で逃げ出す貧乏生活を送っている彼女である、高級肉など食べたことなどないのかもしれない。そんな風に俺が思ってしまうほど、醤油呑み星人は必死に小鉢のすき焼きとお茶椀のご飯を食べていた。そんなにせっつかなくても、おかわりはちゃんとあるから。店長は振り返ると、後ろに退けておいた野菜や白滝、ふなどが載った皿をコタツの天板の上に載せた。肉は、と即座に質問する醤油呑み星人に、れ、冷蔵庫にあるよと、少し怯えた声色で店長は答えた。
 店長が持ってきた高級肉は、竹皮に柔らかく包まれていて、もう三回ほどすき焼きができそうな量があった。醤油呑み星人がくるというので、色気を出して奮発したのだろう。うっとりと瞳を細め、歓喜のため息を漏らす醤油呑み星人の姿を見るに、店長も買ってきた甲斐があったというものだろう。俺と醤油呑み星人の手により肉は鍋の中で焼かれ、店長の味付けて配合された醤油とみりん、酒に砂糖の混合だれの中で、野菜達は煮られた。煮え上がると同時に肉を奪い合い、たれを染み込みくったりとした野菜をお玉でさらい、また空になった鍋で肉を焼く。そんなことを二回も繰り返すと、俺達の腹は膨れ上がり、今にもはちきれんばかりになっていた。無理無理、もう入らないよと、最初に店長が音を上げ、次に俺が音を上げた。店長も先輩も情けないっすねと俺たちを笑ったB太も、四回目の鍋を半分空ける頃には仰向けになって苦しそうに唸っていた。ただ一人、醤油呑み星人だけが、平気な顔をして鍋を突いていた。よくもまぁ、そんなに入るものだ、化け物か。
 大きくなった腹を揺らして、食べ終えた鍋と、野菜が載っていた皿を俺は台所へと運ぶ。後ろには、お茶椀と小鉢を載せたお盆を持って店長が続く。あぁ、ありがとう持ってきてくれたのねと、俺たちのためにわざわざ起きていてくれたのか、台所に居た店長の母が俺たちに労いの言葉をかけた。ありがとう後は私が洗っておくから。悪いなと思いつつも、いい塩梅に酒が回って、とても今から皿洗いなどできそうにない俺たちは、ありがたく店長の母の好意を受けることにした。彼女の指示に従い、俺たちは鍋とお茶椀をキッチンの中に放り込む。すると、ふと、思い出したかのように、店長の母は、そう言えば今日のお客さんの中に女の子がいたけれど、こんな遅い時間まで大丈夫なのかしらと俺たちに尋ねた。大丈夫ですよ、夜勤でしょっちゅう夜中に出歩いていますから。今更、夜道が怖いもなにもあったもんじゃない。
 確かに、母さんの言う通りだ、この夜中に女の子を一人で出歩かせるのは危ない。今まで散々深夜シフトを割り振っておいたくせに、しれっと店長はそんな言葉を吐いた。別に酔って変な事を言っている訳ではない、彼の瞳はいたって真剣そのものだった。つまり、みえみえの下心。やれやれだ。
 部屋に戻ると、案の定醤油呑み星人は既に帰り支度を始めていた。そんな彼女に近づいて、夜道は危ないから家まで送るよと、微塵の気後れも見せず店長は言った。いや、夜勤でしょっちゅう一人で帰っているけれどと、俺と同じ意見を口にした彼女に、店長はいいからといつになく強く迫った。