「店長、部下を自宅に招き、すき焼きを振る舞う」


 というわけで、お邪魔します。夜は二十二時を過ぎた頃、玄関で出迎えた店長の父と母に事情を説明すると、俺は頭を下げた。話は既に店長から通っていたらしく、はいはい、二人増えたんですってね、息子から聞いてますよと、店長の母は和やかに答えた。B太の奇抜な格好や、醤油呑み星人という異性の存在に、少し驚くかと思っていたのだが、意外に冷静な反応だった。
 さあさあ、上がって頂戴な、奥で息子が待っているから。促されるまま俺達は靴を脱ぎ、店長の待つ居間へと向かう。何か他に用事があったのか、店長の両親は挨拶を済ますといつの間にかどこかに消えていた。ねぇ、随分とまともな両親ね、本当にアレが店長の父親と母親なの。両親がいなくなったのをいいことに、醤油呑み星人が声を潜めて俺にそんなことを尋ねた。どうだろうね、と、俺は面倒そうな口ぶりで、適当に返事をした。むしろ知りたいのはこっちの方だ。ほんと、店長にはもったいない、良くできた両親だ。
 やぁ、いらっしゃい。ささっ、どうぞ座って座って。コタツ机にどっかりと鎮座し、鍋を煮たぎらしながら店長は俺たちを出迎えた。鍋の中には濃い黒色の汁が満ちていて、少し茶色がかった豆腐や長ネギ、そして柔らかそうな肉の姿が、揺れる水面に浮かんで見えた。口内に唾が溢れ、腹の中が疼いた。家に着いたら丁度いい塩梅で鍋が出来上がっている。なんとも素晴らしいおもてなしだと言えよう。おそらくは、店長の母の計らいだろう。店長に、そんあ器用な芸当ができるように思えない。皿には卵まで割ってある。
 店長の正面に醤油呑み星人、左に俺、右にB太という配置で、俺たちはコタツに座った。飲み物はビールで良いかい、一応焼酎類もあるにはあるんだけれど。そう言っておもむろに店長が瓶ビールを取り出す。ビールでと、三人が三人即答した。じゃぁ、僕も今日はビールにしておこうかな。さっ、まずは誰か注いで頂戴。それじゃぁ俺がと気を利かせて飛び出したB太だが、店長のグラスは明らかに醤油呑み星人に向けられている。お前は、俺の分を注いでくれと頼むと、醤油呑み星人に俺は目配せした。しょうがないわね。言葉と表情と仕草を最大限に導入し、最大限に面倒くささを表現した醤油呑み星人は、店長の前に置かれたビール瓶を手に取ると、彼の持つグラスに、黄金色のビールをゆっくり注いだ。店長、今日は働いてないけれどお疲れさまです。やれやれ、またそんな毒のある言葉を吐いてと、俺は少し笑った。
 全員のグラスにビールと泡が満ちると、俺たちは鍋の上で乾杯をした。まずは一息にビールを飲み干すと、自分で注いでもう一杯。なんだかここ最近ときたら、俺は酒ばかり飲んでいるなと思いつつ、瓶を持ちコップに発泡性のアルコールを注ぐ。さぁ、みなさんご飯ですよと、襖を開けて現れた店長の母。彼女からごはんを渡されると、俺は鍋にさえ箸を入れて、肉としらたきと長ネギをすくい上げ、溶き卵の割り下の中へとそれらを放り込んだ。
 あら、なにこれ、口の中で溶けるじゃない。流石は高級肉だけあるわね。醤油呑み星人の言う通り、店長が用意してくれた肉は、ちょっとそこいらの料理屋では食べれない感じの美味しさがあった。だが、そんな肉に負けず劣らずネギや大根、春菊も美味しかった。もしや、店長が作ったのだろうか。