「店長、部下の食事を考える」


 なにそれ、えっ、しかもB太くんまで来るの。ちょっと、それじゃ、家にある肉だけじゃ足りないよ。買出しに行かなくっちゃ、まだお店やってるにしても、売ってるかなぁ、良いお肉。客がいなくなった頃合いを見計らい、俺は給湯室に入ると休日を満喫中の店長に電話をかけた。案の定、店長は醤油呑み星人の同席を快くかつ即答で許可した。仕事でも滅多に人を褒めない彼に、君と友達で本当に良かった、ありがとうありがとうとまで言われた。その後で、不意打ちのように、B太も来たいって言っているんだけどと、俺は店長に尋ねたのだが、先ほどの歯切れの悪い調子である。どうにも店長の中で、まだB太は苦手な存在らしい。最近は二人共よく話すようになったから大丈夫かと思っていたが、中々に人間関係という奴はややこしいものだ。
 それならB太に肉買いに行かせますよ。金もこっちで何とかします。少し強引かとも思ったが、俺は煮えきらない感じの店長に提案した。足りないというなら、自分の食う分を買ってくれば問題あるまい。ただ飯を期待していた彼らからしてみれば寝耳に水だ。だがしかし、スーパーで千円の肉を買ったとして、三人で割れば約三百五十円。米と野菜と割り下の卵は、店長側で用意してくれるとして、その値段ですき焼きが食べれなら、安い方だろう。
 いや、けど、それは。店長がまた歯切れの悪い言葉を吐いた。どうにもこの男は寛容さに欠けるというか、妙にせせこましいというか。部下の一人二人増えた所で、そこまで渋らなくっても良いだろうに。だいたい、人を使う人間が人と接するのを怖がって何になるんだ。B太はよく働いてくれているし、無茶なシフトだって文句も言わずに聞いてくれる。そんな奴を、ちょっと外面がとっつき辛いからってそんな邪険な扱いをして、それで人として、上に立つ者として良いのだろうか。店長の情けない対応に、俺は思わず高まりそうになる声のトーンを意識して抑えた。そして、何ですかいったい何が不満なんですかと、それとなくB太の事をぼかして俺は店長を問い詰めた。
 いや、B太くんも彼女も僕の家でご飯を食べたくて来るわけでしょう、それで肉を買わせてきたら本末転倒というか、なんか悪いよ。うん、良いよ、肉は僕が買ってきておくからさ、君らは手ぶらで来て。父さんと母さんにも三人に増えたって言っておく。一瞬、頭の中が真っ白になり、なにも考えられなくなった。それで暫くしてようやく、店長が何の悪意もなく、B太の分の肉の心配をしていたのだという事に気付いた。別に、店長はB太が来る事を渋っている訳ではなく、本当の本当に、肉をどうしようかと心配していたのだ。それなのに、B太を食べに来させない為の方便だと、勝手に勘違いして。俺という奴は、なんと浅ましいのだろうか。君もB太くんも、家のコンビニに勤めだしてから随分になるからね、たまには良い物食べさせて餌付けしておかないと。店長が笑い混じりにそう言ったのを聞いて、俺は自分の頬が急激に熱を持っていくのを感じた。なんだというのだ、店長のくせに。
 それじゃ、肉を買いに行かなくちゃいけないから、このへんで。店長の言葉に従い、俺は電話を切るとカウンターに戻った。あら、顔が赤いわよ、また風邪引いた。給湯室から出てきた俺を見るなり、醤油呑み星人が言った。