「醤油呑み星人の差入」


 以来、B太と俺の間にわだかまりは無くなり、アルバイトの一人として普通に接するようになった。俺以外の人間にも、彼が悪い奴ではないと認識されるのに、そう時間はかからなかった。仕事の出来は相変わらずだったが、三ヶ月も立たないうちに、B太はうちの店にすんなりと馴染み、半年も経てば店内でも指折りに仕事の出来る、立派なアルバイターとなっていた。
 さらにその半年後には、俺たちが止めるのを振り切って、薄い授業しかやらない私大を自主退学し、フリーターと成ったB太。そこそこの大学の学士過程を修了したものの、生来の不真面目さとマイペースぶりが災いし、就職活動に失敗して就職浪人をすることになった俺は、一年間、ほぼ毎日と言っていいほど彼と一緒に仕事をすることになり、気づけば俺たちの仲は気軽に話しかけれる友人関係に発展していた。その後、大学を卒業し、俺が企業に就職していた時期を挟み、今にいたるのだが、まぁ、店長に次ぐ腐れ縁といえば腐れ縁だ。もっとも、店長よりはいくらかその腐り具合もマシだが。
 先輩、なんかボーッとしてますけど、どうしたんすか。もしかして、調子悪いんですか。ちょっと、気をつけてくださいよ、そろそろインフルエンザが流行り出す頃なんですから。先輩一人、居るのと居ないのとで、ウチの仕事は随分違うんすよ。バイトっすから、お仕事っすから、任された仕事は俺もしっかりやりますけど、不必要に忙しいのは俺も勘弁っすよ。相変わらず怪しい敬語を使う奴だ。やはり退学などせず、一度本気になって就職活動をしておいた方が、こいつの為には良かったんだろうなと、このしゃべり方を聞く度に俺は思う。まぁ、そんな言葉遣いでも、妙に親しみを持てる所が彼の長所なのだが。調子悪いっていうか、寝てないっていうか、単に考え事してただけだよ。それと、最近優秀なのが一人入ったから、俺が休んでも何とかなるだろうと、俺はB太に言った。B太は少し考えると合点したような顔をする。あぁ、あの新人の。確かにあの娘はよく仕事ができるっすね。こんなコンビニのバイトにしとくのは、もったいないっすよ。B太は素直に醤油呑み星人の仕事ぶりを評価した。概ねその評価には俺も同意である。店長は自分は仕事できないっすけど、仕事の出来る人を見つけてくる目だけは確かですからね。その評価に関しても、俺は前半部分に関しては同意であった。
 あっ、そんな事言ってたら、とうの彼女が来ましたよ。ふと、B太が店の外を見やって俺に言った。視線を追うと、既に醤油呑み星人は、店の入り口の前に立っていた。その手には、衣服を目一杯詰め込んで、まるまる大きくなった白いビニール袋がぶら下がっている。なに見てんのよ、男二人で私の噂話でもしてたの。まったく気持ち悪いわね、女じゃあるまいし。仕事は出きるが、この口の悪さはどうしようもないな。俺とB太は顔を見合わせた。
 ほら、着替え持ってきてあげたわよ。早く着替えちゃいなさい。おう、ありがとうなと俺は醤油呑み星人に礼を言うと、ビニール袋を受け取り、中からインナーを取り出した。それじゃ、私もちょっと早いけど着替えてくるから、なんだったら、B太さん、今日は早く上がってくれて構わないわよ。昨日のお礼。そう言って、醤油呑み星人は奥の倉庫へと歩いて行った。