「味噌舐め星人の訪問」


 醤油舐め星人におんぶに抱っこだな。申し訳ない気分で電話を切ると、俺は空を見上げた。青みの強い空には冷たい色をした雲が忙しく流れていて、時折、烏が耳障りな鳴き声をあげて飛んで行った。さて、これからどうしたものかなと時計を確認する。服についてはもう問題は解決した。後は、どうやってこの体の汚れを落とすかだ。やはり、店長の家で無難に風呂を借りておいた方が良かったのかもしれない。もう一度電話をかけ直し、醤油呑み星人に今すぐ服を持ってきてもらうよう頼み、さらに店長の母に頭を下げて風呂に入れて貰おうか。そんな格好の悪いことはできないなと、自嘲した。
 コンビニで手ぬぐいを一枚購入する。そのまま来た道を戻って、俺はまた公園へとやって来た。ブランコや滑り台が立つ遊び場の横に、ジャングルジム二個分程の大きさの公衆トイレが立っているのが目に入った。つい最近立てられたのか、真新しい感じの外装のトイレだ。俺は、人の目がないのを確認すると、そこへ近づき、ゆっくりと多目的トイレの扉を開いた。薄暗い中は外見と同じく、思った程汚れては居なかったが、入ってすぐの所にあるスイッチを入れ電気をつけると、中に住み着いた蛾が宙を忙しく舞った。
 トイレの鍵を下ろす。便座に蓋をして、俺は多目的トイレ内に備え付けられた蛇口を捻ると、手に持っていたタオルを湿らした。お湯が出れば助かるかなと思ったが、所詮は公園のトイレである、水しか出なかった。水を含んで重たくなったタオルをギュッと絞る。壁に備え付けられている、赤ちゃんのおしめを替える為の台を引き出すと、俺はそこに上着を脱いで置いた。そうして、湿らしたタオルで、腕、脇、胸、腹と、順々に体を拭き清めた。下半身も同様にして、俺は体を濡れたタオルで拭いた。一度では今ひとつ綺麗になった気がせず、裸のままタオルを蛇口でまた湿らすと、俺はもう一度全身をくまなく拭いた。戸の隙間から吹き込んでくる冬の風が、濡れた体には辛かった。最後に、洗面台に頭を突っ込み、洗剤をつけずに髪を洗うと、俺はタオルをきつく絞り、髪を拭いた。やってから何となく、最初に髪を洗っておけば良かったなと思った。なにぶん、初めての事なので仕方ないが。
 体が乾いた頃合いを見計らい、服を着る。作業の途中でトイレの戸を叩く音が聞こえてきたらどうしようかと、入る前は随分悩んだが、幸いな事に戸が鳴る事はなかった。まぁ、駅前やスーパーのトイレと違い、公園のトイレを使う人はそうそういないだろう。濡れたタオルを入っていた袋に入れ、さらにそれをコンビニの袋へ入れて厳封すると、俺は多目的トイレから出た。
 駅前のコインロッカーを開ける。一晩かけて熟成された俺のパンツは、幸いな事にまだビニール袋で防げる程度の匂いしか発していない。その横に濡れたタオルを入れると、俺はまた百円硬貨を入れて、駅前を後にする。そうこうしているうちに、昼食の時間になり腹が鳴った。ふと、目の前に牛丼屋が立っているのに気づいたが、今晩、良い肉と良い野菜を腹一杯食べることを思い出して、俺は腹に力を入れて我慢した。今日は、カップ麺で良いさ。
 そんなわけで、俺はカップ麺を食べるため、カップ麺を食べれる環境を手に入れるため、少し早めにバイト先に行くことにし、駅前を後にした。