「味噌舐め星人の我慢」


 とりあえず、ミリンちゃんが帰ってくるとなると、今夜も部屋には帰れない。やはり今日も店長の家に泊まらせてもらうしかないなと、俺はため息をついた。まぁいい、店長のお母さんやお父さんに、すき焼きを準備して貰っている手前、部屋から妹が帰ったのでもう帰ります、では申し訳もない。なによりも、一箱一万円もする、高級松阪牛の魅惑には抗いがたかった。
 ミリンちゃん、いったいどれくらい家に居るつもりなんだ。お前、なんか聞いてないか。んーとですね、ミリンちゃんは、もうずっとここでお姉ちゃんと一緒に暮らすのです、って言ってます。お家はお母さんとお父さんが、お仕事の事で五月蝿い五月蝿いので嫌なのです、って言ってます。親父とお袋が、ねぇ。確かにあの二人は、プロデューサー気取りというか、やたらとミリンちゃんの仕事に口を挟んだ。元はミリンちゃんは子役であり、芸能界で活動するようになったきっかけは、確かにあの迷惑千万な事しかしてくれない両親の推挙によるものだ。プロダクションへの所属から、子役オーディションへのエントリーなど、色々と彼らがミリンちゃんの為に動いていたのは、当時の俺も幼いながらに知っていた。ミリンちゃんが子役としてそこそこ認知されるようになり、営業をしなくてもそこそこ仕事が舞い込んでくるようになってからは、プロダクションのマネージャーに任せるようになったと思っていたのだが。どうにも、ここ最近ふがいないミリンちゃんの活躍を見るに、何かしらのトラブルでもあったのかもしれない。どうでもいいが。
 分かった、それじゃしばらくはそっちに帰れそうにないな。ありがとう。それじゃ、悪いけれど、醤油呑み星人に代わってくれないか。えっ、えっ、もうお話おしまいですか、嫌です嫌です、もっとお話しましょうよ。ずるいですずるいです。お兄さんってば、ずるいです、酷いです。私はこの四角くて小さくてパカパカする奴持ってないんですよ。お兄さんや、ミリンちゃんや、醤油呑み星人のお姉さんは持ってるのに、私だけ持ってなくてお話できないんですよ、ずるいですずるいです。私だって、お兄さんといつでもお話ししたいのに。ミリンちゃんだって、なんでお姉ちゃんさんは持ってないんですかって、聞いてきたんですよ、ずるいですずるいです。四角くて小さくてパカパカする奴とは、携帯の事だろうか。いや、ずるいずるいと言われても、お前なんかに携帯電話を渡したら、一日中ひっきりなしに電話がかかってきて仕事にならないじゃないか。部屋に居ても、隣に居てもかけてきそうだ。まぁ、味噌舐め星人の携帯代を払う甲斐性が俺にないだけなのだが。
 その話はまた今度だ、とりあえず、今は醤油呑み星人に代わってくれ。しぶしぶといった感じに、味噌舐め星人は醤油呑み星人に電話を代わった。プリペイドタイプの携帯くらい買って与えてやってもいい気はする。仕事終わりに、コンビニに置いてある機種でも見ておくとしよう。なに、なによ、何の用なのよ、面倒くさいことなら却下よ。しごく面倒くさそうな声で言った醤油呑み星人に、悪いが面倒くさいことだよ、と先に謝った。服なんだが三日分ほど持ってきてくれないか。しばらく、店長の家に世話になるから。もう、仕方ないわね、と、面倒見のいい母のように醤油呑み星人は言った。