「味噌舐め星人の奸雄」


 もういいですか、もうそろそろ代わってくれませんか。ずるいです、アナタばっかりお兄さんとお話しして、私も、私も、お兄さんとお話早くしたいです。味噌舐め星人のふてくされた声が携帯電話から聞こえてきた。あぁ、そう、分かったよ。ボロっちいアパートに住んでる癖に、お前がたいそう清潔好きなのはよくわかった。それじゃ服の事はお願いするから、早く後ろの五月蝿い子に代わってやってくれるかな。鼻につく言い方ね、もっと他に言うことがあるんじゃないの。はいはいありがとうさん、助かるよ、と、俺は少しの感謝の気持ちを込めず、携帯電話の向こうの醤油呑み星人に言った。
 もしもし、お兄さんですか、私です。ちゃんと元気にしてますか。昨日は大丈夫だったんですか。いつまでたってもお兄さん帰ってこないから、私、心配してたんですよ。やっとお家に帰ってきて、今日は一緒におねんねできると思ってたのに、がっかりしたんですよ。あぁ、それはすまなかった。けれど、文句は俺を無理やり追い出した、ミリンちゃんに言ってやってくれ。俺が大人気なくそんなこと言うと、ミーちゃんだって本気で言ってる訳じゃないですよ、お兄さんが泣きながら三回転してワンって言ったら、ちゃんと許してあげるって言ってましたよ、と俺に言った。いや、そりゃまぁ、そこまですれば、流石に誰だって許すだろう。そこまでして許してもらおうという気には、おそらく誰もなれないだろうが。俺もならないし、なれないし。
 そう言えば、醤油呑み星人に聞いたけどミリンちゃん居ないんだって。どうしたんだ、アパートの生活にでも飽きたのか、それともゴキブリでも出て恐れをなしたのか。まぁ、居なくなった理由がなんにせよ、彼女が居ないということは、今夜は部屋に帰れるって事だ。ほっと、俺は安堵のため息をついた。どうしたんですか、ほってして、もしかして、今、温かいお茶でも飲んでるんですか。お菓子とか一緒に食べてるんですか、ずるいです、ずるいですよお兄さん、私もお菓子食べたいのに、ずるいです一人だけ。違うよ、ミリンちゃんが居なくなったってことは、やっと家に帰れるって思ってね、それで、思わずため息が出たんだ。俺は、素直にその喜びを味噌舐め星人に伝えた。しかし、そんな俺のつかの間の喜びと安堵はあっけなく壊された。
 ミーちゃんですか。ミーちゃんなら、また帰ってきますよ。今日は、テレビのお仕事に行かなくちゃいけなくって、それでおでかけしてますけど、夜の八時には帰ってくるって言ってました。ミーちゃんが帰って来たら、今日もトランプをするんです。久しぶりに会ったら、ミーちゃんとってもとーってもトランプ強くなってて、びっくりしました。お兄さんも、お家に帰ってくるんだったら一緒にやりますか。楽しいですよトランプ、面白いですよ。
 いや、遠慮しておくよと、俺は低いトーンで言った。そうか、お仕事で居なくなっただけか、それは残念。ミリンちゃんが、家に帰る暇すらない超人気アイドルだったらと、この日程強く思った日はないだろう。やれやれ、ミリンちゃんめ、なんで姉と兄というささいな違いだけで、こんなにも扱いを変えてくるのか。そりゃ、ミリンちゃんには酷いことをしたとは思っているし、嫌われても仕方ないと納得もしているが、あんまりだと俺は思った。