「店長の採納」


 ふと、店長が俺が見ているのに気づいたのかこちらを振り返った。やぁ、変な所を見られたね。恥ずかしいな。店長は何が恥ずかしいのか、顔を仄かに赤く染めて土を弄った手で頭をかいた。当然だが、土や小石が髪について汚れた。まいったなとさらに顔を赤くした店長は、そんな表情を隠すように僕から視線を逸らして、再び畑の芋を掘り起こし始めた。たいしたもんだ、こんな立派な畑をアンタがやってるとは思いもしなかったよ。コンビニやめて農家を継いだらどうだい。もっと他に褒めようがある気もしたが、彼の情けない姿を普段から存分に見ている俺には、そんなひねくれた言葉しか出てこない。そんな俺の言葉に対して、店長はと言えば、力ない笑いを返した。
 家業を継ぎたいのは山々なんだけれどね、農家ってのはそんなに儲からないんだよ。食っていける分にはなんとか稼げるけど、会社に勤めている方がまだ幾らか給料は良い。なんといっても、天候に左右される仕事だし、いざ不作や豊作になっても、簡単に作ったものの値段は変えられない。加えて、ビニールハウスで促成栽培しようとすれば、ガソリンなんかの暖房費が必要になってきて、価格の変動が深刻になってくる。リスクばかりが大きくて、割に合わないんだ、農業って。まぁ、リスクなんてのは、創意工夫、地域で助け合うことで何とかなるんだけれど、結局の所、そんなに人手っていらないんだ。うちは米農家だからね、作業の多くはコンバインでなんとかなる。だから、別に若い僕でないとできない仕事なんて、そんなにないんだよ。片手間で苺なんかも作っているけれど、それは父さんと母さんでなんとかできる程度だ。そうそう、苺ってね意外に儲かるんだよ。ケーキとか、最近は年中売ってるでしょう。クリスマス時なんかが稼ぎ時でね、今じゃ、一年で一番多く出荷するのは12月さ。ほんと、季節も何もあったもんじゃないよ。
 何が言いたいのかよく分からなかった。言いながら、店長は土にまみれたさつまいもを、ひょいひょいと薄汚れた網目の籠の中へと放り込む。つまりなんだ、農家をアンタはしたいのか、したくないのか。俺が、少しつまりながらそんな言葉を口にすると、店長は突然に芋を拾う動作を止めて、こちらを振り返った。だから、やりたくないわけじゃないんだ。むしろ、やりたいと思っている。ただ、新たに土地を買いましてまでやるほどの将来性も、会社勤めを辞めてまでやる必要性もないんだ。そうだよ、結局、若い人間が農家なんてやっても儲からないのさ。それより、他の仕事をした方が良い。
 店長の顔は俺が今まで見た彼のどんな顔とも違っていた。それはA子ちゃんとの関係を俺に告白した時よりも深刻で、それは醤油呑み星人に嫌いと言われたときより寂しげで、コンビニで仕事をしている時とは雲泥の差がある真剣な顔つきだった。なんとなくだが、俺は店長がコンビニであれほど無能なのか分かったような気がした。自分の人生に対して、疑問を持っている人間に、まともに仕事などできるはずもない。店長の感心と興味はコンビニの仕事の中には存在して居らず、この小さな小さな彼の畑の中にあるのだ。
 あ、ごめんね、なんか、朝から変に怒っちゃって。僕らしくないね。情けなく笑う店長の顔を、こんなに痛ましく思えたのは、今日が初めてだった。