「醤油呑み星人の考証」


 なんといっても鼠やゴキブリでさえ、思わず逃げ出しそうなボロ屋敷に住んでいる醤油呑み星人である。紆余屈折がありながらも、今こうしてこのコンビニでアルバイトをしているのも、その前は駅前でティッシュ配りのアルバイトをしていたのも、金に苦労しているからに他ならない。別にわざわざ俺が話をした所で、店長が話をした所で、結果はたいして違わないだろう。
 別に誘っても良いけれど、そんなのは自分でやった方が良いでしょう。なんかそれだと、俺が醤油呑み星人に気があるみたいに思われるじゃないですか。だからじゃないか、彼女に僕が気があるって気づかれたくないんだよ。A子ちゃんの時みたいに、また逃げられても困るし、それに、僕、今回は結構本気なんだよ。この恋に命かけてるんだよ。だからさ、物事は慎重に進めたいわけなのよ。分かってくれるよね、友達の君なら分かってくれるよね。
 そんなのまったく分かんねぇよ、なに気持ち悪い心配してんだ、と言いそうになった所で、醤油呑み星人が酷く怒った顔をして、俺たちの間に割って入った。ちょっと二人とも、さっきからなに小声で話してるのよ。私だけ働かせて。雑談してる暇があったら、おでんの具でも補充しなさいよね。俺と店長を交互に睨みつける醤油呑み星人。とんだとばっちりだとため息をついたら、カウンターの隅を強く叩かれ威圧される。最初に会ったときから思っていたが、なんとも怖い女である。すみませんと、暗い顔で背を丸くしている店長が哀れでならない。なんでまた、こんな女に命をかけるほど恋しているのだろうか。たぶん彼にとって彼女が、最も身近な女性だからという、なんともどうしようもなさげな理由なのだろうけれど。仮に彼の思いが彼女に届き、万事上手く行ったとしても、彼が尻に敷かれるのは目に見えている。
 それじゃぁ、後は君に任せるから上手く頼むよと、店長はカウンターから倉庫へと、そそくさと逃げ去って行く。かくして、店長に直に醤油呑み星人を誘わせることはできなくなった。やれやれ、暖かい寝床を確保するために頑張りますかと横を見れば、ほら、早く働きなさいよとばかりにこちらを睨みつける醤油呑み星人が立っていた。手にはおでんの具が入ったパックと、使い込み先の黒ずんでいるさえ箸。どうだい、今晩店長も誘って夕飯でも食いに行かないかと聞く前に、おでんの補充作業をするのが先のようだ。
 おでんの具を次々に鍋の中へと放り込んで行く。もし飲みに行くのならば今晩はおでんを頼んでみようか。いや、どうせ店長の事だ。今日も行くならばあの出来合いばかり出す居酒屋つぶれかけに違いない。いくらアルバイトの徳利さんが居るとはいえ、おでんなんて手の込んだ物を、あの板前が作るとは思えない。徳利さんを使いに出すか、もしくは自分で行くかして、近場のコンビニにおでんを買いにいくと思うと、なんともやり切れない気分だ。
 アンタさ、本物の妹さんに家を追い出されちゃったんだって。ご愁傷様なことね、どうやって今晩過ごすつもりなの。新聞で見たけれど、今日はこの冬一番の寒さって話よ。大丈夫なの。あてがないんだったら、うちのアパートに泊まってく。他の部屋の鍵も、管理してる会社から預かってるから、数日程度なら泊めてあげれるわよ。まぁ、残念ながら布団はないけれどね。