「店長、醤油呑み星人を呑みに誘うよう誘う」


 カウンター奥の準備室でそそくさと着替えると、俺はすぐにカウンターに出て仕事に取りかかった。学校帰りの学生たちのために、肉まんとフライドチキンを用意して、講義が休みなのかそれともそもそも大学に通っていないのか、大学生風の男に煙草を売り、何をやっているのか分からない爆発した頭を揺らめかせる男に雑誌を売った。小学生の集団がカードゲームが陳列してある棚の前に集合しはじめる頃には、店長も顔を出し、ぬるぬるとしたいつもの午後の仕事が始まった。列をなす学生達にパンやおにぎりを売る。何個もまとめて買っていく者は少ないが、店に入った学生で何も買わない者もいない。それで毎日こうしてなにかしら買っていってくれるのだから、商売としてはなんともやりやすいものだ。それでいて、学校からはそこそこ離れているので、品が切れるほど混むこともないし、手が回らなくなるような事態になることもない。働きやすい店だなと、この時間に仕事をすると俺はつくづく思った。これでもう少し、店長がよくできれば言うことはないが。
 それは贅沢ってものだろうかと、せっせとカップラーメンコーナーを陳列している店長を俺は見た。なんともまぁ、ハツラツとした顔をして陳列してくれている。曲がりなりにも仕事は仕事だが、少しくらい陳列棚にないほうが、売れ筋商品だと客の方も察してくれるのではないか、とも思う。しかしまぁ、彼が唯一できる仕事を奪い、職にあぶれさせることもできない。俺が黙っていると、ふと視線に気がついたのか店長が振り返った。にっこりと、それはもう誰だって気分が悪くなるであろうこと請け合いの、濃い笑顔を向けられて、俺は軽い眩暈を感じた。もっとも、その笑顔は俺の隣で電子端末と睨み合って在庫管理をしている醤油呑み星人に向けられていたのだが。
 聞いたよ君、妹さんに家を追い出されたんだって。なにやったのか知らないけど駄目じゃないか。あんな可愛い娘を怒らせるなんて。いや、妹さんを怒らせるなんて。そんなことやってたら世の男の子から反感を買うよ。大丈夫、そんなのは世の中のごく一部の男だけだと言ってやりたかったが、言った所でこの男の口がふさがるようにも思えなかったのでやめておいた。今晩どうするのさ、泊まるあてはあるのかい。まぁなんとかなるでしょう、適当にネットカフェでも入って時間を潰しますよ。いやいや、ネットカフェって案外寝れないものだよ。明日も仕事でしょう、ちゃんと寝ておかないと。店長が何を言いたいのかよく分からない。もしかして、心配してくれているのだろうか。いや、しかし、この妙に頬の上気して、目が無駄に細まった表情は、なにかしらよからぬ事を考えている時の表情である。それでさ、一つ提案があるんだけれど、もし、僕のお願いを聞いてくれるなら、しばらく僕の家に泊まっていってもかまわないよ。僕の家、結構広いから、さ。
 泊めてもらえるのならば断る義理はない。そのお願いと言うのが何なのか気になったが、背に腹は変えられないし、どうせたいした事でもないので、俺は店長の誘いを受けた。それじゃぁさ、ちょっと、彼女を呑みに誘ってくれないかな。三人でこの後、一緒にお酒でも飲みにいかないって。声を潜めてそう言った店長が目線で示した彼女とは、俺の隣の醤油呑み星人だった。