「味噌舐め星人の丁稚」


 根元まで吸いきった煙草を携帯灰皿にねじ込む。そうして何もせずに更に五分ほど俺は扉の前で待ったが、ミリンちゃんは扉を開けてくれなかった。やれやれ、しかたがないねと、俺は諦めて扉に背中を向けると、階段を降りた。どうしたい、痴話喧嘩でもして追い出されたのかいと、猫に餌をあげに出てきた大家さんに語りかけられて、俺はしかたなく苦笑いを返した。ミリンちゃんと俺の確執は、痴話喧嘩というレベルはとうの昔に過ぎている。
 しかたがなく、俺は汚れてしまった下着の代わりをコンビニで買い求めることに決めた。適当に目についたコンビニに入り、百円ショップの物よりも高く、少しばかり丈夫そうなトランクスを買い求めると、俺はすぐに店の外に出た。問題は着替える場所だった。公園に併設されたトイレで着替えるということも考えたが、実際に中に入ってみるとこれがまた汚く、こんな所で着替えれば逆に更に汚くなるのではと思えてきて、着替えるのをやめた。
 そうこうしているうちに、携帯電話の画面上端に表示されている時間は、刻々と仕事の開始時刻に近づいていた。バイト先で着替えるか。いや、今日は醤油呑み星人と一緒のシフトだ。勘の鋭い彼女ならば、俺の股間の状態にすぐに気づくだろうし、あけすけな彼女ならそれを面と向かって避難してくるだろう。ちょっと、食べ物だって売ってるんだから、そんな匂いさせて仕事しないでよ。というか、仕事前にするってどういう考え。なんて、彼女が眉を釣り上げてけんけんと言ってくる姿が、何となく脳裏に浮かんだ。
 結局、俺は仕事のシフトの一時間前に銭湯が開いていることに気がつき、体を洗いがてら銭湯で着替える事にした。銭湯が開くまで、近くの公園のベンチに寝転がると、ゴミ箱に捨てられていたジャンプを拾って読んだ。週刊少年漫画誌で二時間を消費するのは難しく、結局ジャンプを枕に一時間ほど眠り。それから、番頭さんにいつもの挨拶をして、銭湯の脱衣所に入った。開いたばかりの銭湯は綺麗さっぱり人が居らず、なんの気兼ねもなく俺は汚れた下着を履き替えることができた。汚れた身体を洗い流すことができた。湯垢の浮いていない熱い湯船に肩まで浸かり、一息ついた。そうして、眠気とまだ少し残っていそうな酒を完全に飛ばして、五分ほどしてから脱衣所に戻ると、白髪の濃い偉丈夫な老人が、紺色のセーターを脱いでいた。なんとなく、普段ならば彼が一番風呂に入っているのだろうなと、俺は思った。
 駅前のコインロッカーに、コンビニの袋で厳封した使用済トランクスを預ける。シフト表の時間ギリギリにコンビニに到着すると、遅いじゃないのよと醤油呑み星人が出会い様に怒鳴ってきた。五分前にはちゃんと仕事できるようにしとくのがプロでしょうが。正社員なんでしょ、ちゃんと働きなさいよ。長いアルバイト経験からか、醤油呑み星人は正社員に対してやけに厳しかった。いや、悪い、ちょっと色々と取り込んでてね、と俺が申し訳なさそうに言うと、カウンターの中を弄って、小さな小包を俺に向かって差し出した。なんだろうかと袋の中を覗き込むと、それは俺の制服だった。
 さっきあの娘が届けてくれたのよ。まったく、あの娘に心配されるってどれだけあんたはそそっかしいのよ。呆れた調子で、醤油呑み星人は言った。