「魔法少女風味ミリンちゃんは、口の減らない策略家だ」


 おい、待てよミリンちゃん、それでいいのか、それで本当に良いのか。ストーブはまだ壊れたままなんだぞ、俺が買ってこないと、暖房器具はその部屋にないんだぞ。大丈夫ですよ、最近はインターネットで簡単にお買い物できるのです。親切なお店だったら、お家まで運んできてくれるんですよ。だからお兄ちゃんさんに買ってきて貰う必要なんてないのです。お兄ちゃんさん、要らない子なんですよ、気づいてませんでした。あぁ、そうね、確かにミリンちゃんの言う通り、最近はインターネットのおかげで、そういう買い方も出きるようになったね。インターネットで買う物といっても、せいぜい本か雑貨くらいの俺には、ストーブを頼むなんて発想はできなかったよ。やれやれこれだから、小さい頃から無駄に金を持ってる餓鬼ってのは怖い。
 それでもここではいそうですかと食い下がる訳にはいかない。なにせ、部屋には仕事先の制服が置いてあったし、俺の股間は例によって抜き差しならない状態になっていた。そこはかとなく匂い立つ栗の花の香りは、純真無垢な味噌舐め星人や、お子ちゃまなミリンちゃん達にはばれなくても、店の客にはばれてしまう可能性がある。あっ、お兄ちゃんさん、バイト先のコンビニでパンツを買った方がいいですよ。お姉ちゃんさんは気づいていなかったみたいですけど、気持ちの悪い匂いがしてますですなのです、気持ち悪い。残念、どうやらミリンちゃんにはばれていたらし。それにしても、いったいどこでそんな知識を手に入れたのか。これだから、年頃の女の子ってのは怖い。とりあえず、違うよ、もうバイト先じゃない、今は仕事先だと、ミリンちゃんに言った。あら、それはおめでとうございます、兎さんのようなお兄ちゃんさん、だけど兎さんのように可愛くないおにいちゃんさん、と、ミリンチャンは扉越しに俺を微妙な言葉で祝福してくれた。兎さんのようって、どういう意味だよ。ミリンちゃんの考えていることは今ひとつ分からない。
 というわけで、お兄ちゃんさん、お仕事行ってらっしゃいなのです。そして、もう帰って来ないでくださいね、いや、来るな。久しぶりのミリンちゃんの命令口調に、俺は奥歯を噛んだ。なんだと、偉そうにしやがってこの糞餓鬼が。その向こうにはミリンちゃんが愉快な顔をして立っているであろう扉を前に、俺はそれを力の限りぶん殴ってやりたい衝動にかられた。しかしながら、すぐ下には大家さんが居るわけで、大きな音を立ててしまえば、直ぐにも飛び出してきて俺が扉を殴ったのがばれてしまう。大家さんとは今のところ友好的な関係を築いている。家を追い出され、家族の縁も切られ、友達も少なく、今や保証人になってくれる人もなかなか見つからない俺にとって、今のアパートを追い出されることはなんとしても避けねばならない。俺は気づかぬうちに振り上げていた拳を下ろすと、扉から離れて外廊の柵に腰を預けた。もやもやと、俺のまわりを薮蚊のように浮標している、どうしようもない不快感を、煙で散らすことに決めた俺は、ポケットから煙草とライターを取り出した。煙草の箱の中にはちょうど一本だけ煙草が入っている。
 扉に対面して煙草を吸うこと五分。その間、ミリンちゃんが語りかけてくることはなかった。味噌舐め星人の心配そうな声がすることもなかった。